2011-01-16

〔週俳12月の俳句を読む〕菊田一平

〔週俳12月の俳句を読む〕
手作り感
菊田一平


「雫」  土肥あき子
曲がりたるところ密なり冬銀河

ここしばらく「天の川」を見たことがないけれど「曲がりたるところ密なり」といわれるとそうだそうだと納得する。田舎生まれの私にとって、夜は暗く、空にたくさんの星があるのはあたりまえのことだったけれど、十数年前に見た隠岐の星空には驚いた。詩人の言じゃないけれど星たちは「宝石箱を覆した」ようにいきいきと輝き、「天の川」はまごうことなく英語の「ミルキーウエィ」。湾曲した部分はコンデンスミルクのように白濁し、長い尾を引いて遠く東シナ海になだれていた。余談になるがプラネタリウムが密かなブームになっている。国際空港となった羽田に期間限定のものが新設され、五反田や六本木や渋谷にも大掛かりなものができている。この春には光ファイバーの投光機を使い、星のまたたきや明るさをリアルに現出できる施設が名古屋に完成するらしい。本物に近い夜空が体験できるというわけだ。星好きにはわくわくするニュースだ。



「レッド」  上田信治
ふくろふ二羽顔をかすかに上へ下す

面白い。一読、笑ってしまった。とても映像的でコミカルだ。俳句だからこの「可笑しみ」を「俳味」というのだろうが、この「可笑しみ」は手だれや名人・上手が十七文字の奥からそれとなく立ち上がらせるアトモスフィアのようなものではなく、ひとえに下五の「上へ下す」の手作り感に負っている。上手くいえないけれど、例えば漫画家が鉛筆で描いた下絵を墨をつけたペンで一心にカリカリ完成させている図とでもいえばいいだろうか。ふくろうの数は一羽でも二羽でも三羽であっても問題ない。止まり木のふくろうが、顔をかすかに「うへしたす」という不器用とも思えるほどに一語一語語りかけてくる感じがリアルで好もしい。



「山に雪」  広渡敬雄
信濃には「信濃毎日」豊の秋

思いつく限りのブロック紙を北から浮かべてみる。「東奥日報」「岩手日報」「河北新報」「秋田魁新報」「山形新聞」「福島民報」「上毛新聞」「神奈川新聞」「山梨日日新聞」「静岡新聞」「信濃毎日新聞」「新潟日報」「北国新聞」「京都新聞」・・・まだまだ本州の半分しか行ってないけれど「山形新聞」あたりから「豊の秋」の季語が最も効果的に響くのは「信濃毎日新聞」しかないなと思い始めている。新聞を手にとった第一面から稲の作柄や松茸やなめこの出具合、あるいは林檎や葡萄の収穫状況が詳細に書かれているんだろうな。まさに「豊の秋」。「信濃毎日」の語感と「信濃」のリフレインがとても耳に心地いい。



「玄冬」  高橋博夫
ほんとうの夜のきてゐる海鼠桶

「ほんとう<に>夜のきてゐる」ではなく「ほんとう<の>夜のきてゐる」と高橋さんは詠んでいる。「ほんとうの夜」とは原始の夜なのだろう。「なまこの論理」という言葉がある。よく「牡蠣を最初に食べたひとは偉い」とか「海鼠を最初に食べたひとは勇気があるね」という。けれども人間に進化する前の生物体は牡蠣や海鼠と同じ海に住み、そのころから牡蠣や海鼠を食べていた。その記憶がDNAに記憶され今に至っている。ある日ある時、特定の個人が恐る恐る牡蠣や海鼠を食べ、それが美味いから全世界に広まったわけではない、とする論理だ。さて掲句。まさに今海鼠の桶に原始の夜がきているのだ。桶の底の海鼠の動きがこれ以上ないほどいきいきとして艶めかしく思える。



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上田信治 レッド 10句  ≫読む
高橋博夫 玄冬 10句  ≫読む
広渡敬雄 山に雪 10句  ≫読む
荒川倉庫 豚百五十句  ≫読む

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