2011-01-16

林田紀音夫全句集拾読149


林田紀音夫
全句集拾読
149




野口 裕



ビーカーに触れ耳許の砂時計 砂時計零のこぼれて雨騒ぐ 昭和四十九年、未発表句。砂時計は、いかにも紀音夫の好みそうな素材と思えるが、作句例は少ない。映画を素材にした句がいつの間にか消えているように、日常親しんでいないと句にする機会も減るのだろう。後句の展開例が今後見つかるかどうか。フライングして、昭和五十年代前半をざっと見たが、見つからなかった。

 

菊の黄と白に重ねて供華にする

昭和四十九年、未発表句。久保田万太郎の、「秋草をごったにつかね供へけり」を、思わせるところがある。万太郎よりも、植物が宗教性を帯びる過程をていねいに見てみようとしている。東京落語の「そば清」と、上方落語の「蛇含草」の違いとの類似性も想起される。互いの優劣はさておき、味わいの違いが興味深い。

 
線香の匂ひの夜は身に濃くなる

昭和四十九年、未発表句。句の内容とは直接関係ないが、「匂ひ」は身に付いている歴史的仮名遣いが無意識に出たのだろう。紀音夫が、意識的に新仮名遣いを選び取った作家であることを改めて意識させられる。第一句集「風蝕」は昭和三十二年以前が歴史的仮名遣い、それ以降は新仮名遣いとなっている。

嗅覚の刺激に、夜は一層意識させられる。濃くなるのは、線香の匂いだけではなく、闇の深さも。

 
位牌より黒く深夜のポプラ立つ

昭和四十九年、未発表句。ポプラは紀音夫の愛用するアイテムのひとつだが、発表句・未発表句をざっと見た限りでは、昭和五十四年の未発表句二句を除いての十年間は、そうした句の空白期間になっている。第二句集刊行後の様々な評言に作者自身が揺れた結果かもしれない。

それまで、道具立てとして使われることが多く(「風になった幼女ポプラにまぎれ泣く」第二句集収録句)、揚句のように、ポプラ自体を造形しようとする傾向の句は少ない。読みようによっては、位牌さえも無駄な夾雑物に思えてくる。だが、紀音夫にとって、位牌は手放せないところだろう。

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