2011-02-27

〔超新撰21を読む〕青山茂根の一句 山田露結

〔超新撰21を読む〕
生命の営みに
青山茂根の一句……山田露結


最果ての地にも布団の干されけり  青山茂根

作者が現実の「最果ての地」に立っているわけではない。
布団の干されてある風景が、「最果ての地」という異空間へと作者をいざなうのである。

ある素材や風景を起点に、時間感覚を超えて異空間へとつながる。そういった感触を伴った句がこの作者の作品には少なくない。

ががんぼに嘆きの壁を与へけり
バビロンへ行かう風信子咲いたなら
御朱印船生まれの蠅でありにけり
天竺の血を引く竈猫なれば

「ががんぼ」から「嘆きの壁」へ、「風信子」から「バビロン」へ、「蠅」から「御朱印船」へ、「竈猫」から「天竺」へ。
いずれも歴史的背景を匂わせる異国への移動であるが、こうした時空のねじれ方はどこか飯島晴子の「わが末子立つ冬麗のギリシヤの市場」を思わせる。
よく知られるように、この晴子の句は「市場」の席題から詠まれたものであり、実在の風景ではない。晴子には子供は一人しかおらず、また、ギリシャへ行った経験もない。

さて、掲出句では晴子が「市場」から「冬麗のギリシヤ」へ辿り着いたように、作者もまた「干布団」から「最果ての地」へと辿り着く。
人を寄せつけない過酷な自然環境であろう「最果ての地」。作者は、そんな場面に於いてもそこに当然のように存在する人々の暮しを思うのである。
それは、決して歴史の表舞台に出ることなく太古から綿綿と繰り返さてきた人間生命の営みである。
この句に描かれた「最果ての地」に於ける生活風景の一齣からは、生命の営みに対する作者の深い慈愛を感じ取ることが出来る。


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