2011-02-13

関悦史 初音

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週刊俳句 第199号 2011-2-13 関悦史 初音
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1 コメント:

宮崎恭一 さんのコメント...

 意味のある文字の、意味不明な文句(ぶんく) 

 文字には表音文字・表意文字がある。そして前者は幾つかを並べて意味を表し、後者はそのままでも意味を表す。俳句の大半は文字を用いる。どちらの文字を用いても、結果として意味が生じる。とはいえ、それらを並べたからといって、全体としての意味がより明瞭になるというものでもなく、逆に意味が分からなくなるだけのものもある。まずは論理的に把握できない場合、時には、何か隠された意味、比喩とか惻隠とかあてこすりとかが見えるとか、リズム感とか、唸り声とか詩情等を見出す場合もあるが、大抵は、文字に意味があるため、逆に困惑させられる。

   超未来の言語の 我 や囀れる 関 悦史

 週刊俳句 第199号 2011-2-13 関悦史 初音から引かせてもらった。各文字の意味は明瞭で、紛れる余地は皆無である。だが、句全体として見れば、各文字の意味などとは何の関係も持たない文字群として独立する。他人に理解させる意志もないし、自分だけの精神世界以外の何物かを見出す余地も残さない。超未来では言語のみの存在として鳥でいる。我がさえずりが分かるか。などの翻訳では仰天するばかりだろう。

 そこで問題となる。一言でいうと、この文字列は一体何者なのだ。

 確かに、現時点において現存している。時間の無駄だとしても、これは何なのか。偶然的に文字・記号の配列から生じる文句(ぶんく)の一つである。順列組み合わせの産物であって、計算上の確率はどうであれ、誰にでも得られるものの一つである。と云ってはみても、確率的には極めて低く、従って当然ながら、容易に得られるはずもない。

 わが言葉鳥鳴くごとし永遠に という自嘲句の装飾表現化であると云ってはみても、誰の心にも納得の二文字は生じない。云うだけ無駄である。

 俳句の世界はかくも広い。本当にうれしい限りである。読み手としては、寝ころびもしないし、ほうり出しもしないし、ウイルス感もしない。いいんじゃんか。

   美墨っら間合いに走りぬ 埋図