2011-03-20

〔句集を読む〕島田牙城『誤植』 山田耕司

〔句集を読む〕
自由を求めて
島田牙城句集『誤植』

山田耕司


本句集のあとがきにはこのように記されている。


實驗的本づくりに資する為、書體母型の制約を大いに受けてゐる


この一行、読めていますか?
携帯電話で週刊俳句を読んでいるひとには、ひょっとしてこの正字体が再現されていないかもしれない。


本来ならば正字体で句を紹介しなければならないのではあるが、見る人によって虫食いになっては困るので、標準的な文字にて句を表記させていただかざるをえない。
本書における文字の美しさをお伝えできないのは、心苦しいばかりである。

島田牙城は、いうまでもなく『新撰21』『超新撰21』の版元である邑書林のシカケ人であり、自身の俳句作品が、デジタルの表現系にどのように「そぐわないか」をもよく知る立場にあるといってもよいだろう。その彼が、あえて「制約」を選択しているのである。


ここで興味深いのは、どのように制約を実現しているかもさることながら、なぜ、制約を「大いに受け」たくなるのかということである。
こうした「制約」への接近は、島田牙城ひとりの問題ではなく、実は、俳句形式をもって自らの作品を書こうとするすべての作家に多かれ少なかれ共通している傾向ではないだろうか。


句集『誤植』とは、俳人が俳句形式といういわば「あえてわざわざやっかいな制約」に惹かれること、そのものを通低音として、<試みの書>として読まれることを期待しているようなのである。読者は、俳人島田牙城の個人生活の記録としてではなく、こうした制約との格闘の現場として読むことの「自由」が与えられていることを意識したいものである。


そうなのだ。
形式の制約を受けるということは、個人の生活のリアルな日常的なルーテインであったり個人の人情であったりする「しがらみ」を脱してこそ、あえて体験しうる「自由」の領域への旅を選択することに他ならない。


大切なのは、何を「しがらみ」とし何を「制約」とし、何を「自由」とするか、だ。


句集『誤植』は、献句に「噫二千四年十二月三十日」とあり田中裕明への追悼と思われる9句から始まる。


裕明を探してゐたる雪野とは  


これはいうまでもなく


たはぶれに美僧をつれて雪解野は  田中裕明 
 

この句を踏まえた追悼である。哀切ではあるが、これは牙城の本領ではない。これは献句のおもむき。

崩しつつ骨壺満たしゆくは寒ム  


なんという突き飛ばしかた。この突き飛ばしは、田中裕明を突き飛ばしているのではない。島田牙城が自らの人情のようなものを突き飛ばしているのである。
「写生」? いやそんな既製品の制約ではない。島田が自らに仕掛けた「自由」を求めるシカケ、その厳しさがここにはある。
島田牙城にとって、定型と文語はたんなるスタイルのチョイスではなく、自らの感情さえも吹き飛ばす契機として機能していると仮定してみよう。日常生活の重たさやら人として生きる繁雑やらの「リアル」を「しがらみ」として位置付けてみると、牙城は、より重い「制約」を受け入れることにより、重たい「リアル」を吹き飛ばそうとでもしているようなのである。そして、その着地点として「雅」をかいま見せる裕明と異なり、あくまで「俗」に戻ってこようとする。制約により自己の重たさを吹き飛ばし、そうして自らを離れたところから、もう一度自らの「俗」を覗き込もうという意志が強い。骨法正しい定型感、季語への深い洞察をもってこそ、それが制約らしい制約として機能して、自らを励ます仕組みとなる。そんなことができる俳人。そんな仮定。




ほめ過ぎか。


いや、この「俗」に戻るというのが、ムズカシイ。
「俗」を素材として描くのではなく、一度「俗」を離れ、かつ「俗」を観察するような視点は、言葉回しの力量の薄い作家には出来ないわざなのである。


そういう視点で、あらためて帯文を見てみる。


なぜ妻子を詠ふのか 前句集より十一年 信州に腰を据ゑるとは <俳の人>たる歩みに肝を据ゑたといふこと その眞價を問ふ最新三百三十三句 今、一層の雪月花


帯の文章は、作者と読者の間に立つところの編集者あるいは発行人的な人格において表現されることが求められそうなものだが、ここも自らの「制約」の中。作家たるところの、いわゆる「創造領域」のようなものと、編集者たるところの、いわゆる「事務領域」のようなものが、ないまぜに立上がる。その立ち姿の面白さは、こうしてセルフプロデュースをしている書籍ならでは。


田中裕明への句からもうひとつ。

寒空へやさしくなつてしまひける  

<やさしくなつてしまひける>、これを<人情へ流されてしまいそうになる>ととらえ直してみれば、句の眼目はその仮定の線上に見えてくる。


さて、本書における「制約」のタイプはおおむね3つの意味の傾向を特徴としてあげられようか。
ひとつは、古典的傾向、さらにちょっとピンポイントなのだが「妻」という傾向、そして自虐的傾向。


閨にあり粗相のやうな月明り

閨(ねや)という語に月明り。雅な構図におさまりそうなところに「粗相のやうな」と、俗の色。
一句の中で、語の扱いの意外さや手触りを引き出すには、このギャップは有効ですねえ。
そこで、俗という自由に出逢う為に、わざわざ閨なんて言葉をつかうわけ。島田牙城がどんな寝室で夜を過ごしているかの検証は不要。これは、自由を求める為の制約として選択された言葉なのだから。


帰りたる神失恋はお手のもの

神無月、出雲に結集した神々は、善男善女の恋のゆくえを話し合うのだそうであって、そういう故事を下敷きにしてみないとよくわからない、ということになるのだろう。おそらくここで牙城は「失恋はお手のもの」という、なんとなく手垢がついているような俗なるフレーズを、あえてなんとか化けさせてやろうとして、対岸に神の営みをもってきたと考えられなくはないだろうか。古典的な制約は、古典的な知識を伝達したいからではなく、むしろそれを利用して、そこからのギャップを引き出そうとする制約のようである。

さびしらに木々は立ちをり夕焼けて
われからを見定めてより妻に色
ふみのつかさよ根づかざる藷よ
ほとけとていまの世のこと雪へ雪
三界に末黒の葱を抜きすすむ

「さびしらに」という単語になんらかの想いを託しあうことが出来るかどうか、そこが読者とのノリシロ。こうなると制約というよりは、思わせぶりというところにもはいってしまいかねない。「われから」を染色用の虫と知って、さてその上でどう句が広がるのか。制約はときに「拘束」ともなりうる。

之繞の払ひに迷ふ冰湖かな

之繞は漢字部首の「しんにょう」。冰湖はそのまま氷の湖でするりするり、「払ひに迷ふ」筆さばきとの交錯的付け合わせなんだろうが、これじゃ漢字クイズ。やりすぎ。


欠の部に「飲」のあること掘炬燵

漢和辞典的な教養ならば、こちらのほうが面白い。掘炬燵のあるシチュエーションや形状などもあわせ、理屈に寄り添う。


ともあれ、

雪原のはじまりにして土まじる

というような典型としての描写の確かさや、

冬空を頓珍漢と打ちてをり

<頓珍漢(とんちんかん)は、鍛冶屋の仕事の複数の槌の音が、ともに同じ鉄塊を囲んでいるにもかかわらず異なるように聞こえるところから、のちにちぐはぐなことのたとえとなったそうな>
というような故事を踏まえつつも、なにやらその文字面から、本来の意味以上の面白みが滲むような手当てや、

産み捨ての卵のやうな夏の月


夏の月という季語を、季語として追いつめつづけて出会ったような句もあり、古典的制約のバリエーションとしてとらえれば、その技は多種で読み飽きない。

そういえば、週刊俳句で「福助」まつりがあったが、
その発端となった山田露結と島田牙城とのツイッター上の会話で、島田が自作としてあげていた次の句にはその古典的制約の自在さに感心した記憶がある。

福助と郡是出合ひぬ秋の暮


人情をとりあえず去るために制約が機能するとすれば、むしろ、制約であるところの表記と形式の厳しさのフィルターを抜け出た家族の姿は、どこか醒めた目で見る<俗>のありようを生み出す。対象としては家族、しかし、その家族との重たさをひとまず置いてこようという自由さは、本句集の読みどころであろうと思う。これは、本句集の特徴というよりは、俳句形式によって家族のような身近な存在を表す時の余韻として漂うものという見方も出来るだろうけれども。

いもうとにほめられてゐる蒲団かな



ときに、家族の関係は、読者が句を読む時のよりどころとして機能する。
「ああ、ね」と読者が理解するよりどころを利用して、表現のチャレンジを図る。

父と子の隙間はぽはぽアイスクリン

この「はぽはぽ」とは何だろうか。おそらく「アイスクリン」を食べる際の擬態なのだろう。
よくわからない。よくわからないが、「父と子の隙間」という読者との共通認識がなんとかこの無理を押し込んでこようとする。そういう遊びが出来るのも、日常を報告するのではなく、いったんは言葉の制約の中で解体された家族であるからこそできるわざなのである。


長男は 寝るときのいただきますと網戸の目
次男は どうもすみま扇子六畳狭かりき

であるからこそ、このように「日記的」な視点を誘導する前書きがあると、わけの分からなさが、「プライベート」という彼岸に行ってしまって、読者を置き去りにしかねない。

まあ、そこらへんは、作者の自覚の範囲であろう。「面白がる」という行為で言えば、それらはみな回収されるのであろうし、そうした面白がり方が出来る「情からの距離」をこそ作者は自由として楽しんでいるのだろうから。

その中で、特筆すべきは、「妻」の姿である。
妻は妻のままではなく、さまざまな事象に変容し拡散し投影される。
これは妻の記録ではない。俳句という制約においてこそなしうる、妻との再会、なのである。


浅間山いな初秋の妻の膝
解けあうて妻とはなりぬ寒の入
今年も妻ぞ離れたがらぬごまめの目
初夢にふたたび妻の爪の垢
妻が好き黒百合五つ六つ咲かせ
妻の解夏空ひきしぼりつつありぬ
黄落のさしづめ妻でありにけり
妻の寝息は寒垢離の経のごと
朧よなあ妻くノ一のごとく寝ね

身近な人と、作品の中で出会うわざ。
その制約の果ての、自由。

なぜ妻子を詠ふのか

という問題提起は、そのまま、求める自由の質を理解する読者のうちで、腑に落ちる。
と、ここで腑に落ちるような人は、俳人。
言葉の制約を得てこそ、軽くなる浮遊感、その共有。
この句集から読者への「メッセージ」ととるか、「挑発」ととるか、いずれにせよ、「俳人向け」の書籍であるように思う。まあ、俳人とは明確に区分のしようも実のところ無いわけだが、あくまでそうした傾向で面白がれる読者向けと私には思えたわけなのです。


さて、そういう視座が自らに向かう時、自己はあくまで対象として突き飛ばされつつも、その姿の上に、より戻るよすがとしての「俗」が見いだされ、読者の前に引き出される。
反省? いや、そんな野暮なことはしていない。あくまで面白い俳句のタネとしての自己像。そこには、健康にしてちょっと笑える自虐が寄り添っている。


焼酎にあきらめてゐることばかり
横になる日焼酒焼どれもほんと
赤とんぼ一人遊びをやめるなよ
茎漬や茶へ焼酎を垂らしもし
目をつむらうか桜掬うて生きようか
五月終はりぬつまらなくなるまへに
独活噛めり我が死ぬはずの今世紀
借金は太るにまかせ山の枯
立ち位置に注文があり大枯野



句集『誤植』は1ページ3句記載。見開きで6句。
3句ごとに、テーマがあるようだが、ここを追っていくのは本稿ではやめておこう。
あれもこれも考察してみたくなる。きりがない。

折りて切れぬ草はそのまま墓に水
掃苔の我を洗うてくれてをる
洗いたる墓を拭へるたなごころ


と、







ここまで拙稿をメモしつつ、3月10日。

翌日以来の出来事には、まことに言葉も無い。
震災とその復興というシナリオのみならず、人類が新しい価値観へと足を踏み入れるような事象、あまた之有。

これからの世界で、俳人は、なにを「しがらみ」とし、なにを「制約」とし、なにを「自由」とするのか。
私たちは、私たちの言葉の世界におよんだ激震のありようを検証していく局面を、語り始めることだろう。その新たなる世界との橋渡しのように、付箋をしこたまはさまれた『誤植』がその日に机上にあったことには、あながち偶然として片付けられない宿命のようなものを感じている。


みな道を間違へてゐる雪野かな


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3 コメント:

島田牙城 さんのコメント...

ありがとう。いや、自身のことながら、存分に笑わせて頂きました。こんな愉快な句集評、久しぶりです。まだ眦に笑い涙が……ほんと、ありがとう。

山田耕司 さんのコメント...

こちらこそ、光栄です。

あ、コメント、仮名遣いが牙城モードになってませんよぉ!

牙城 さんのコメント...

あ、やばし。今、佐久市と喧嘩してて、普通の人でも読みやすい現代仮名遣ひツイートを連発してゐるもので……