2011-09-11

〔週俳8月の俳句を読む〕野口る理

〔週俳8月の俳句を読む〕
あまり想わない

野口る理

鴉の死誰も想はず夏夕べ   湾 夕彦

我々はそもそも、どのようなものの死も、あまり想わない。
我々(私や私の世界)の死についてはわりと熱心に想うこともあるが、
少し遠くの世界の死について、イメージし続けることはない。
「鴉」という、すぐそばの、遠い世界に、気付く。

絡め取る潮の重さの昆布かな   陽美保子

「昆布」に躍動感があって、なおかつ美味しそうだ。
「絡め取る」に、どこか後ろ髪を引かれるような切なさがある。
大海原から切り取られてしまった昆布と、昆布を失った大海原。
別れ際のざばざばと引き上げられる音が、元気で悲しい。

万緑の橋を列車の轟駆け   前北かおる

「轟駆け」という言葉が勇ましい。
緑の騒がしさの中を轟音の列車が過ぎ去ったあとの静けさ。
橋が少しゆらゆらしているのも見えてくる。
余談だが、「万緑」の題で「真つ赤な車」を取り合わせた句が山ほど出て、
なんだこの偶然は!とビックリしてしまった私は、世代が違ったらしい。

風死してアラビア糊の気泡かな   奥坂まや

「アラビア糊」の粘度と、風のない日のどうしようもない気持ち。
とろりとした中で、なんとも美しい球形を保つ「気泡」の気高さ。
気泡がゆっくり上がってくる気配にただただ息をひそめ、
待っている訳ではないのだけれど待っている時間なのだ。

ひと雨に秋めく庭を掃く母よ   藺草慶子

雨上がりとは、たとえいつの季節であっても少し「秋めく」ものだ。
雨に濡れた土や草、雨で落ちた葉や花びらを掃き集める母。
母の優しさと、母への優しさが折り重なり、生命力を感じさせる。
きらきらと陽を反射させる水と涼しい風が気持ちいい。


第224号2011年8月7日
湾 夕彦 蒟蒻笑ふ 10句 ≫読む
第225号 2011年8月14日
陽 美保子 水差し 10句 ≫読む

第226号 2011年8月21日
奥坂まや 一部分 10句 ≫読む
前北かおる 蕨 餅 10句 ≫読む
第227号 2011年8月28日

藺草慶子 秋意 10句 ≫読む

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