〔10句競作を読む〕
簡単じゃないって怒る。 山下彩乃
鳥飛ぶ仕組み水引草の上向きに 宮本佳世乃「行つたきり」
鳥が飛ぶ当たり前のことを仕組みという試みは面白いが、当たり前のことを再発見してみせる句がいままでなかったわけではない。この句が良さは、「引」が「上」だという言葉をつかった遊びのような句の仕組みがあり、その構築にいやみがさっぱりないこと。審査ライブでも言われていた通り、十句の突出したバランスの良さにより、逆に一句を選ぼうとしてみると難しかった。これもまた世界に一句が巧みに仕組まれているからだろう。
蔓巻きぬ楽器となれば良かりける 吉野わとすん「暮れる」
ホルンを想像した。でも「楽器」がいい。蔓は電柱などに絡まって、蔓も電柱も苦しそうだけど、楽器になれたら確かに良いかもしれない。日が暮れて風が吹いたら鳴ったりするのだろう。ホルン奏者はそんな簡単じゃないって怒る。
いろんなものが滴るなかに手もあった 御中 虫「雨」
この句は全体の九句目にあたる。八句目までの、雨に濡れていたいろんなものを、読者は上五・中七で思いだしてしまいながら下五で急激なズームインをくらう。そして、ただの「もの」のように扱われる手。驚かされる。とらえ方の独特さとそれを一行にしたときの技術の鮮やかなこと。
ほかの句では傘折る凶暴さや、手をつないでもやらんなんてツンデレも魅力的ではある。匿名審査なのにすぐわかる個性もそこからだと思うのだが、この句のような驚かせかたは玄人らしい。
発語して光をにごす須臾となる 小津夜景「ヴァカンス」
ウィキペディア大先生によると、須臾(しゅゆ)とは漢字文化圏における数の単位であり、「しばらくの間」などの意味があるらしい。なるほど。
この句には触れられるものがひとつとしてない。発語した人間はいるかもしれないが、焦点はただの光の空間だ。音には波があり、光にも波がある。声はかすれた声だったろうか。音の波に光の波はぶつかりにごる。触れられないもの見えないものへのクオリア。鋭い。
蛇苺そこから先が死者の国 加藤水菜「あちら・こちら」
蛇苺がもつじめっとしたイメージと死者の国はあっているし、蛇苺の地を這う様が、「そこから」という指示語との結びつきもあり、季語は動かないだろう。
この句を読んでから表題を見ると、ストレートすぎてもったいない気もするが、全体を通してのイメージの立ち上がりとしてはいい題だと感じた。事象にはすべて境があるが、あいまいな境目を観察したときに感じる寄る辺のなさを想起させる句群。
以下、オススメからもれたけどすきな句を足早に。
曼珠沙華眼の筋肉の衰へて 中村 遥「夜 叉」
老眼になってくると花がたくさん見えるようになる。曼珠沙華は一本で咲かずわしゃわしゃと咲く。あと、なんとなく曼珠沙華の赤くて花びらの細い感じが目の神経を想像させた。合点がいく句。
アッパッパつかめば婆が抜け落ちる 今村 豊「生簀」
一読して愉快に感じるが、なんだか恐ろしさも感じる。抜け落ちる、からだろうか。ピエロのにんまりとした笑顔のなかにある恐ろしさ。自分の言葉にとりあってもらえないような。この句の突きぬけかたがそう感じさせる。
眼窩にはイチゴををさめ少女たち すずきみのる「果実」
苺の濡れた感じと眼球の遠いけど近い。ものの取り合わせがいい。
まるで、シュールレアリスムの絵のよう。少女を複数にしたことで「眼窩にはイチゴをはめておくのが今の流行りなんだよ、知らないの?かわいいでしょ!」といった感じ。グロテスクさとガーリーさがなんだか爽快だった。
≫週刊俳句「10句競作」第2回 結果発表
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2011-10-02
〔10句競作を読む〕簡単じゃないって怒る。 山下彩乃
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