還る 澤田和弥
黒板に長き一線春浅し
箸割つて箸の間を春の風
枕辺に母の文ある朝寝かな
一回りせぬまま窓のかざぐるま
風船の割れしが雨の道の上
椅子の背に忘れられたる春ショール
春の夜のカフェオレふうふうされ困る
ゼッケンに誰も名のなき春の夢
ジャムの瓶空つぽらつぽ春の昼
春泥を転がりまはる教師かな
多喜二忌や革命の灯は遠き国
鞦韆や定年退職後の肉体
薬罐ごと酒をぬくめよヤンシュ来る
恋文をノオトに挟む穀雨かな
ぼろぼろに負けたる猫のなほ交る
恋文を送りし後ののどけさよ
春陰のつうと垂れゆく踵かな
天井のばろばろ揺るる猫の恋
とろとろと肉汁溢れつゝレタス
仮装ではなきも混じりてカルナヴァル
花板の父が摘みたる土筆かな
花冷や血のみ残るる刺身皿
春燈や激しく叩く産科の戸
卒業を一人平熱未満ゐて
相の手のずれはじめたる花の宴
赤き靴飛ばすや夜の半仙戯
三階は男の住み処花まつり
亀鳴くや神に逆らう覚悟して
水に還る数多の命蘆の角
寄居虫が仁義なきまで貝奪ふ
或るときは全て燃えゆく海市かな
わだつみのいろこの宮の酢もづくよ
虚子の忌や全宇宙より降りくるもの
太陽を壊せ春眠にモルヒネを
鳩群れて悲愴が隅に春の雲
切凧に足らざる空の青さかな
のどけさのなんとさびしき空の上
たまに母空を見上ぐる柳かな
春惜しむ振ればカラカラ鳴る缶と
どち風に猿は目を閉づ春の果
舌先のピアス鳴らして暮の春
新聞に死の文字いくつ修司の忌
鳥葬の鳴き声高き修司の忌
修司忌や瞳爛熟して少女
ざんざんと卯波寄せくる伊豆の浜
天草採まつさかさまの日を浴びて
ドライブの果てのしじまよ夜光虫
新緑の底に沈みし船のごと
深々と田植の後の夜空かな
夢どこまでも水車の音色糸蜻蛉
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1 comments:
「わだつみのいろこの宮の酢もづくよ」
「わだつみのいろこの宮」といえば、青木繁の有名な絵を
思い出しますが、なるほど海の神の宮であろう「いろこの宮」
で供された「酢もづく」とは。面白いなあ、と思いました。
俳句でなければ詠い得ないような諧謔の世界と思いました。
「箸割つて箸の間を春の風」
屋外での食事(お弁当か、コンビニ弁当か)の景でしょうか。
割り箸を割った瞬間、春風が実際に吹いたのか、あるいは吹
き抜けるように感じたのか、いずれにしても、一瞬の感覚が
俳味豊かに表現されたように思われ、とても面白かったです。
「風船の割れしが雨の道の上」
歌人の斉藤斉藤氏の「雨の県道あるいてゆけばなんでしょうぶちまけられてこれはのり弁」をふと思い出した、これも面白い句ですね。
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