空気を吸ふ 鈴木牛後
立春の春といふ字の飛びさうな
春の日を南北に振る犬の尾ぽ
静脈の青き乳房や春の水
地球儀の地軸の向きにヒヤシンス
三月の名もなき空を青と呼ぶ
あけてゐるだけの呉服屋あたたかし
雑巾をミシンの進む日永かな
牛乳に溶く春光の五千粒
かげろふに濡れて仔牛の生まれ来る
野に出でて空気を吸ふといふ遊び
春塵に艶めく五星紅旗かな
サイネリア地球の隅に暗き国
花冷の詩を刻みゆくシュレッダー
行く春のいつか何かに使ふ箱
はつなつの少年ならば飛べるはず
制服はオイルの匂ひ薄暑光
麦秋や臍のあたりに手の記憶
牛啼いて誰も応へぬ大夏野
待ち人の待ち人とゐてかたつむり
抱くやうに廻すハンドル濃紫陽花
爆裂は二万キロ先氷菓食ぶ
牛死して高く掲ぐる夏の月
風鈴に隣る電撃殺虫器
絶叫マシン終点のアマリリス
牛糞を吸うて汚れぬ夏の蝶
ニッポンに消費期限のある極暑
刻印のやうに盛夏のサイレンは
家族より歯ブラシ多し夏の果
冷やかに朝は睫毛を分け入らむ
小鳥来るやがては廟となる倉庫
バックミラーの破片のひとつずつに月
切れすぎる夜の刃物ゆゑ南瓜切る
懐に地虫かくまふ捨案山子
みづうみに林檎の沈む透明度
秋桜や駅より見ゆる次の駅
鬼やんま逃がしてよりの男かな
牛の眼の空を湛へて牧閉す
時雨るるや遊具は鉄として売られ
牛の尻並べ勤労感謝の日
根雪と記し農作業日誌閉づ
長靴に雪の入りたる御慶かな
事終へて単純温泉なる初湯
冬鹿の吾を離さぬ眼の黒き
猫の吐瀉物跨ぎストーブの点火
白菜の外葉の溶くるほど待てり
寒暁の家畜車犬の声浴びて
ひのまるをふるふる雪の降るけはひ
反芻の牛の見てゐる大氷柱
雪靴にあるそれぞれの向きと跡
牛舎の窓開けて四温を招き入る
●
2011-10-30
2011落選展テキスト 鈴木牛後 空気を吸ふ
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 comments:
コメントを投稿