2011-12-04

林田紀音夫全句集拾読192 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
192



野口 裕



屈まれば人は遠のく死びと花

昭和五十二年、未発表句。普段の会話の距離からちょっと伸ばすだけで、人の声は遠のいたように聞こえる。老化とは書いていないが、かえって老いを感じる。人の声から離れて、かつての自分の句「いつか星ぞら屈葬の他は許されず」のことを思い返しているのだろうか。かつての無季句の照り返しを受けて、有季定型句も燦めいている。

 

骨壺の白布離俗の薄日射す

昭和五十二年、未発表句。「母死去 四句」と添えられている句群の四句目。「離俗」がなんとも印象的。俗世間を離れて旅立った母の遺骨。俗世間とは無縁に存在する薄日。日溜まりの中に母を偲ぶ。

 

戒名のふところ深く墨滲む

昭和五十二年、未発表句。「初七日 三句」とあるうちの三句目。墨が木目に沿って滲んでいる。返って戒名がそこに書かれていることを意識する。

 

こがらしの鏡を抜ける眉うすれ

昭和五十二年、未発表句。正確に句の意味を確定しようとすると難しい。紀音夫の句にはしばしば生じる。この場合は、こがらしと鏡に映る自身の姿に老化を感じている感慨とがセットになっているのだろう。薄れた眉が鏡の裏にでもまわっていそうだ。


海にひとりの落日それも母の死後

昭和五十二年、未発表句。海に沈む夕日を見ながら、母の死を思う。いかにも陳腐ではあるが、誰もが抱く感慨だろう。発想が陳腐ながら、句が陳腐を免れているのは、俳句にはあまり出てこない「それも」というような言い回しによるところがある。七七五も効果的。

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