2011-12-11

林田紀音夫全句集拾読193 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
193



野口 裕



佛壇を閉じてまた夜につつまれる
佛壇に取残された手をのべる
佛壇の奥深くさざめきの私語

佛壇を暮しの中に蜜柑むく

賑やかな佛壇の夜に雨残る


昭和五十二年、未発表句。三百七十四頁下段に飛び飛びに佛壇の句が四句あらわれ、三百七十五頁上段に一句。母の死後ことさらに佛壇が意識されるようになったようだ。昭和五十三年「花曜」には、「水櫛の仏壇に灯を入れてより」。

 
瓔珞の悲しみ柿の辺に垂れて

昭和五十二年、未発表句。仏壇を開くと、あちこちにきらきらと金色に輝いて簪のように垂れているのが瓔珞。仏壇を開くたびに味わう悲しみを、柿の辺に見いだした。この時期の紀音夫句にまつわる抹香臭さは時折鼻白む。が、それはそれとして、内面の室内景色と眼前の戸外の風景との重ね合わせは興味深い。

 

味噌汁に昼の人往く眼の遥か

昭和五十三年、未発表句。昼餉の何気ない景か。定食にでも付いている味噌汁から目を上げると、すでにビジネス街は午後の仕事が始まり、目的地に向かって脇目もふらず人が歩いている。

「眼の遥か」がわかりにくい。歩いている人がすでに遠景なのか、歩いている人の眼が遥か先を見据えているか。いずれにしろ、「味噌汁」なのに昼の景というのが意表を突く。

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