2012-01-15

私もくらげに 御中虫句集『おまへの倫理崩すためなら何度でも車椅子奪ふぜ』を読む 野口裕

私もくらげに
御中虫句集『おまへの倫理崩すためなら何度(なんぼ)でも車椅子奪ふぜ』を読む

野口 裕



本としての装丁や、豊富に挿入されているカットに遊び心があふれ、なおかつ953円(+税)という価格に驚く。 芝不器男新人賞の副賞として出版されていることが効いているのだろう。調べてみると、第2回芝不器男新人賞の杉山久子句集『春の棺』も同じような価格帯だった。

大都会といえども、出版業者が多く集まる東京から見れば神戸は辺境になる。ネットでの書籍購入を嫌う私は、年末に繁華街にある大書店の棚をあさってみたが、お目当ての句集はまだ到着していなかった。ならばと、大阪の大書店まで出かけてみたが、お目当ての句集はここにもなかった。代わりに買ってはどうですかと謎をかけられているように、御中虫句集が置かれてあった。出版から10ヶ月ほど経っているからあって当然ではあるが、そういえば読んでなかったなと、手に取ってみた値段がこれだからすぐにレジに向かった。

読後、時実新子を連想した。

  妻を殺してゆらりゆらりと訪ね来よ  新子

と、

  おまへの倫理崩すためなら何度(なんぼ)でも車椅子奪ふぜ  虫

は、蜘蛛が網を張るように獲物を待つ新子と、能動的に獲物へと突きかかる御中虫の違いはあるにせよ、作中主体と作者との距離の取り方はそうした連想を抱かせる。作中主体は情念の渦の中にあるが、作者はその渦をどう表現するかについて冷静である。

  まだ咲いているのは夾竹桃の馬鹿  新子

  向日葵が怒鳴りつゞけてゐる虚空  虫

などは、上句の新子と、下句の御中虫は並べるとセットのようになってしまう。「馬鹿」と「虚空」だけを取り出して比較するなら、「馬鹿」の方に一日の長が認められるだろうが、もちろん御中虫の世界はそれだけではない。

  じきに死ぬくらげをどりながら上陸  虫

では、はなはだ屈折した語りを見せる。仮に、「くらげをどりながら上陸」だけを取り出すと、水中生物が陸上に進出するファンタジーの世界である。

人魚姫ほどに美貌の持ち主でないくらげさえも上陸を目指す華やかな祝祭、取りようによっては、かなしい世界が連想されるが、その連想はあらかじめ「じきに死ぬくらげ」と否定されている。

否定されながらも、連想が続くようにと句が展開されていることから逆に、すぐに否定されてしまうような連想に賭けざるを得ない、句を語る作中主体の姿が浮かび出る。

この構造ははなはだ複雑であるにもかかわらず、一気に読み下されたようなスピード感から、作者が無意識に感じ取っている現実をも端的に表現し得ている。なおかつ、スピード感を助長するように配されたカット・挿絵が本としての成功を後押ししている。

まだ読んでいない人は、一度手にした方が良い。もっとも、その大書店にも一冊しか置いていなかったので、私の嫌いなネット販売を当たってみるのが手っ取り早いだろう。

私もくらげになりそうである。


丸善+ジュンク堂
紀伊國屋書店 BookWeb

2 コメント:

七風姿 さんのコメント...

くらげになれなかったワタクシ・・・虫さんの句集を、ネット販売網にて早速注文致ししました。

野口裕 さんのコメント...

ネット販売に慣れればいいのでしょうがどうも…。