2012-02-26

角川「短歌」2012年3月号 座談会「3.11以後、歌人は何を考えてきたか」世代Ⅱ(30代以下)を読む

角川「短歌」2012年3月号
座談会「3.11以後、歌人は何を考えてきたか」世代Ⅱ(30代以下)を読む

……上田信治


田中濯 私がこの座談会で言いたいことは二つだけです。

一つ目は、基本的に「私性(わたくしせい)」を回避または逃避している方がいらっしゃいますが、そういう歌人は震災を歌にできませ ん、ということです。

二つ目は、原発災害をうたえなければ、前衛短歌が見いだした「短歌は思想の器である」という戦後最大の資産を失うことになってしまうので、これを詠まなければいけないということです (…)


三原由起子 私は実家が浪江町で、原発から十キロ圏内にあります(…)

今までは短歌を細々と続けていければいいという気持ちだったのですが、今はふるさとを失ってしまう者として、とにかく訴えてい かないと、それで社会につながっていかないと、私たちの犠牲はむだになってしまうという使命感を持っています。


石川美南 (…)私はこれまで目の前の出来事をそのまま短歌にしたり、だれかに短歌でメッセージを伝えるということをやってこなかったのです。体の中にため込んで、十分発酵させてから短歌を作ってきました。

(…)非常事態になって、これまでやってこなかったことをいきなりやっても役に立たない。そんな余裕はないと思ったので、やれることをやろう、自分にとっての短歌を作ろうと思っていました。


光森裕樹 最近、ある出版社の方が「3.11以降、出す本に帯をつけないようにした(…)」と言うんです。その話にとても感動したのですが、よくよく考えると震災と帯をなくすことは全く関係ない話じゃないですか。

(…)震災と原発事故ののち、直接的ではないけれど考え方や生き方、それこそ帯をなくそうと思ったことなど、小さな変化は私にも絶対起こっていると思います。長い人生の中で歌に大きく影饗するのは、もしかしたらそういった小さな変化の方かなと思うのです。




震災後をテーマにした若手座談会が掲載されている、角川「短歌」を、隣の駅の書店まで買いに走ったのは、出席者の一人、光森裕樹さんからこの座談会のことを聞いて、友岡子郷の〈ただひとりにも波は来る花ゑんど〉の話をしたことがあったからでもあり、同じく出席者の田中濯さんのツイッターで、その真実の人であることに感嘆していたからです。

司会の小高賢さんの「注文が来たら、それなりに何でもできる人もいる。岡井隆さんなどはそう」という発言を受けて、

田中 でも、そんなのダメでしょう。そういう能力があるからその能力を使っていいということが許されるのか。

(新聞投稿短歌について)

田中 基本的には認めません。 歌はうまくなきゃダメなんですよ(小高「 切実さが技巧を超えて感動させるという要素がありますが」)ある程度自覚を持って歌を作っている人がそういうものにだまされてはいけません。

(和合亮一『詩の礫』『詩ノ黙礼』について)

田中 (…)全然ダメだと思います。なんでこういうことをしたのか。ここにいたら張り倒しますよ (笑)。

そういう真実の人。

和合亮一作品については、三原さんも「和合さんは、ツイッターを始めた一日目の夜くらいまでは被災地からの声として書いているのですが、途中からフォロワーが増えて「オレ、読まれている」みたいな意識が出てきている気がします。それをすぐに本にするというのが乱暴ではないでしようか。ツイツターって、ある意味、メモじゃないですか。福島の詩人として、自分の地位や名誉よりも大切なことがあるんじゃないかって」と批判的です。

いや、もう田中さんだけではない。出席者はみな真摯そのもので、短歌観をかけてこの座談会に臨んでいると感じられる。

それは「この現実を歌うのか、歌うならばそれはどう可能なのか」という問いが、歌人一人一人に、私の問題として引き受けられているということかもしれない。



それは、俳句作りとの立ち位置の違いなのでしょう。

俳句は述べない(という奇形的な言語の使用法を専らにする)ものという、詩形についての印象を再確認しました。

(自分は、俳句の「私」について考えたいと思っている人間でもありますが、それはまた別の機会に。述志は俳句の花でもあるのです)



スリリングな場面はいくらもあります。

「短歌研究」2011.7月号 斉藤斎藤「証言、 私」(〈三階を流されてゆく足首をつかみそこねてわたしを責める〉〈撮ってたらそこまで来てあっという間で死ぬかと思ってほんとうに死ぬ〉等)について。

石川 私はこれに短歌としての可能性みたいなものは感じます。

斉藤さんは、あえて死者の視点で書くことによって、「そのまま呑まれてしまった人もいたかもしれない。そして、それは私自身でもありえたのだ」という認識を表現したかったのではないか。

連作全体がレトリカルな実験作であると同時に、「実際には被災しなかった自分が、津波のいたましさをどう言葉にすればいいのか」 といったことを真摯に考えた、格闘の跡のようなものだと思うのです(…)


(…)

田中 私が言いたいのは、それを被災した人に見せられますかということです。……亡くなられた方がおられるわけですよ。

(…)あなたが面と向かっている被災者の方がどういう気持ちになるかを考える必要はないのかということです(…)そういうことをうたうのは倫理的に間違っています。


小高 (…)ただどんな不快感を与えても文学は文学だという立場もあるでしょう。

田中 それは「あなたは、いまから私に虚構的にですが、殺されますよ」と 言うのと一緒ですよ。 面前で他者を侮辱・侮蔑しているという覚悟もないくせに作っているのではないか。 (小高さんが「そういう文学も当然、ありうるわけでしょう」と食い下がるのに対し)今は無理だと思うのです。まだ震災から一年も経ってないから。



岡井隆〈原発はむしろ被害者、ではないか小さな声で弁護してみた〉について。

石川 (…)この歌に限って言えばそんなに反発は感じないですね。なぜかというと、今、原発か反原発かというすごい単純な二元論になってしまっている気がするんです(…)

小高 それは一方的な宣伝かもしれませんよ。

石川 だから、原発か反原発かという二つになることがダメなのであって。細かい議論を詰めないまま、原発はダメだということだけが世論になってしまうのは、ちょっと違うと思うんです。

三原 いや。私はそうは思わないですね。はっきり立場を打ち出すことが本当に原発をなくすほうに向かっていくと思う。

今まで許容するところがあったから、なあなあで来ちゃったわけで、歌人全員にこれからどういう立場で詠んでいくかを聞きたいくらいです。

これは人間性として、すごい大事なところではないですか。


あ、長谷川櫂『震災歌集』については、みなさんにべもなかったです(世代Ⅰ(50代以上)の座談会もあるのですが、そちらでも)。問題外。



「私性」「フィクションとノンフィクション」「岡井隆」「前衛短歌」などをめぐって、展開する議論は、たいへん興味深かった。ぜひ、実物にあたっていただきたい(驚くべきことに「短歌」は「俳句」よりだいぶ手に入れにくいです)。

同記事中、昨年印象深かったとして引用された作品をあげます。

皿汚しながらひとりの昼餉終へ誰にともなく手を合せたり 栗木京子
被災の子の卒業の誓ひ聞くわれは役にたたざる涙流さず  米川千嘉子
ああ犬は賢くあらず放射線防護服着る人に尾をふる 小島ゆかり
なにごともなかったような空があり泣き声だけが遠近をゆく 相澤由紀子
背後より追いかけてくる声のして線路の上でとぎれてゆけり 同
妻の手にX線あてて写し出す細き手の骨と結婚指輪  大口玲子
「失われた世代」のままでいたかったフクシマ祀る墓守われら 田中濯




今号の「俳句」(2012.3月号)はがんばっていて「心に響く「いのちの俳句」」も、髙野ムツオさんと小澤實さんの対談も、興味深かった(よく小澤さんを持ってきた)。

しかし、田中さんの「ある程度自覚を持って歌を作っている人がそういうものにだまされてはいけません」という言葉に相向かう準備のなさそうな、か・な・り不用意な人・発言もありました。

リアルタイムの事象を作品に持ち込むことについて、短歌にはタフな思考の蓄積があり、俳句において、それはなぜか忘却されてしまっているという印象です。



俳句側の読者としてとりわけ印象的だったのは、この発言。

石川 (…)「歌壇」11月号で佐伯裕子さんは、震災の後、意外にも美しい日本の桜の歌を作ってしまったと。

「国の人々と運命を共にする懐かしさが」こみあげてきたと同時に、「そのような変化は あるいは、戦争に突入した際に、多くの日本人が陥った、危うい感情に相似するのかもしれなかった」とも書いていらっしゃって正直な告白だなと思ったんです。


はい、たしかに。

おそらく、短歌も俳句も、他にも増して人間集団の共同性に基づくところの多い表現で、その集団の外縁が「日本」「日本国」「日本国家」というふうに意識されるとき、たいへん嫌な感じのバイブが生じる。

戦時中〈祖を守り俳諧を守り守武忌〉〈悦びに戦く老の温め酒〉なんて、見え見えにお付き合い程度の句を作っておいて、終戦直後「俳句はこの戦争に何の影響も受けませんでした」と嘯いたという、大虚子のカッコヨサにならおう、という声が、俳壇からホーハイと上がってこないのは、どういうわけでしょう。

4 コメント:

上田信治 さんのコメント...

座談会で引用された斉藤齋藤による二首に、私は一定の衝撃を受けました。そしてその衝撃は、この歌の「ゲスさ」から生じていると感じました。

その「ゲスさ」は作者にとって、たびたび思考され、その強度を試されているものと思われます。

なぜなら作者は〈「あいりは二度殺された」などと言う権利は父にもないなどと言う権利〉(「今だから、宅間守」2007)という歌を作っている。

〈撮ってたらそこまで来てあっという間で死ぬかと思ってほんとうに死ぬ〉に対して「被災者の方がどういう気持ちになるかを考える必要はないのか」と批判することは、ただちに、この「あいり」の歌の地点からの駁論を呼び寄せます。

そんなことを言う権利が誰にあるのだ、こんなゲスな歌を作られて一言も抗弁できないことにこそ、死の悲惨はあるのではないか、と。

斉藤齋藤の作品の力は、おそらく、なぜこんなことを書くのか気持ちの全く分からない、ゲスな怪物に自らなってみせたことにある。

斉藤さんには、被災者に向かい合ったとき、怪物である自分のまま「ゴメンナサイ」と言う用意があるだろう。

祈りを求める読者の前に、かような作品を提示する作家の言いたいことは「ソレハ祈リデハナイ」という告発に他ならないと思われ、そうすることによって、作者は、倫理的高潔性におけるかなりの優位を確保したと見える。

──とでも書けば、少しは毒消しになるでしょうか。

匿名 さんのコメント...

他者の生とわたしの生は置き換え可能という発想でしょうか。置き換え不可能な個が多く奪われたのです。

匿名 さんのコメント...

三原由紀子は三原由起子の間違いでは?

上田信治 さんのコメント...

上田信治です。匿名さんの、ご指摘通り、三原由起子さんのお名前を誤記しており、修正いたしました。ご指摘、まことにありがとうございます。