2012-05-20

林田紀音夫全句集拾読 214 野口 裕


林田紀音夫
全句集拾読
214



野口 裕



石塔の苔中天を登り行く

昭和五十五年、未発表句。「中天を登り行く」の主体を「私」とする読みは成立しそうにない。常識的に考えて、苔が「中天を登り行く」のだろう。あわただしい日常生活からはつかみがたい、悠然とした時間経過を見て取ろうとしている句。

 
背後がらあき有刺鉄線蜻蛉をとめ

昭和五十五年、未発表句。蜻蛉の背後か、蜻蛉を見つめている作中主体の背後なのか、よくわからないが、そこを突き詰めても仕方がない。有刺鉄線を境界として広がる空き地に自身の心境に繋がる何かを認めたのだろう。有刺鉄線に苦みをきかせつつ、蜻蛉が句を統べる。統合以外の微妙な働きをも、している。そして、若干微笑を誘う存在だからこそ、「がらあき」というくだけた言い方が登場したのだろう。発表句に類句なし。

 

割箸の無数の中に手が生える

昭和五十五年、未発表句。昭和五十六年「海程」に、「箸を割る多類の中のおくれた手」。同じく昭和五十六年「花曜」に、「箸を割る多数の中のおくれた手」。海程句は、おそらく誤植だろう。発表句は心理的な陰影に富むが、未発表句の超現実的な景も捨てがたい。

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