本稿の第一回が掲載されたのは、週刊俳句2012年1月22日号。ざっと半年になるんですね、もう…。何となくの予測ですが、一年間ではとても終わりそうにないです。
さて、第二句集『湯呑』は引き続き第Ⅲ章(昭和49年から51年)から。今回鑑賞した句は51年の春先から秋にかけてのもの。8月に吉野にて鍛錬会を催しています。そして、8月には後藤夜半、9月には高野素十とホトトギスの先輩作家二名が鬼籍に入っています。
赤子泣く声の際まで桑解かれ 『湯呑』(以下同)
冬の間括ってあった桑の枝を、春先の蚕飼の始まる前にほどく。短期間でがらっと見た目が変わり、春の訪れを感じる景だ。赤子の声が、そこに暮らす人々の生活を思わせるが、声の届く範囲を示す「声の際」という独特な把握が、景を立体的に描き出している。
沈丁の花をじろりと見て過ぐる
早春に花を咲かせる沈丁だが、花自体はそれほど目立たない。存在を主張するのは、何と言ってもその香。芳香剤めいた強い香に花の咲いていることに気づかされるが、ただ「ああ、沈丁か…」と思うだけ。まさに「じろりと見て過ぐる」ような花なのである。
葭切の鳴く辺は荒く鋤かれけり
助詞「は」に注目して読めば、荒く鋤かれた一画以外にも、様々な作物の植えられた、かなりの広さの畑が見えてくる。その視覚的な広がりと、葭切の鳴き声という聴覚とが、景にしっかりとした実感を与えている。爽波の写生の筆致の確かさが堪能できる一句。
玉葱を吊す必ず二三落ち
夏場に収穫する玉葱、そのままでは水分が多く腐り易いので、吊して水分を抜く。吊す場所は、風通しの良い日陰の、雨が掛かりにくい所が望ましい。大量なのでどうしても何個か落ちてしまうが、洗って食べれば良いだけのこと。良い意味で大雑把な所に味がある景。
蓑虫にうすうす目鼻ありにけり
木の葉や枝の端などを糸で綴って巣を作り、その中に暮らす蓑虫。爽波はこの蓑の中を覗いてみたのだろう、暗がりに蓑虫の目鼻をうっすらながら認めている。爽波は蓑虫と目が合っただろうか。見ているようで見えていない、蓑虫の本体がありありと想像される。
雨ながら竹伐る音の聞こえけり
音が聞こえなければ竹を伐っていることに気がつかないほどの遠くから、はるばると響いてくる竹の音。それは、わが身を取り囲むように聞こえる雨音を貫いて耳に届く。大らかさを感じさせる、自然な言葉の連なりが、一句の印象を広々としたものにしている。
厠より眇してゐる落穂かな
男性が立ったまま用を足しているのであろう、厠の小さな窓から、その目だけを田の落穂の方へと向けている。稲刈後の土のあらわな田の、日光を受けた落穂の黄金色に、ふと気を引かれたのであろう。農とともにある生活の一場面が落ち着いた筆致で描かれている。
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さて、第二句集『湯呑』は引き続き第Ⅲ章(昭和49年から51年)から。今回鑑賞した句は51年の春先から秋にかけてのもの。8月に吉野にて鍛錬会を催しています。そして、8月には後藤夜半、9月には高野素十とホトトギスの先輩作家二名が鬼籍に入っています。
赤子泣く声の際まで桑解かれ 『湯呑』(以下同)
冬の間括ってあった桑の枝を、春先の蚕飼の始まる前にほどく。短期間でがらっと見た目が変わり、春の訪れを感じる景だ。赤子の声が、そこに暮らす人々の生活を思わせるが、声の届く範囲を示す「声の際」という独特な把握が、景を立体的に描き出している。
沈丁の花をじろりと見て過ぐる
早春に花を咲かせる沈丁だが、花自体はそれほど目立たない。存在を主張するのは、何と言ってもその香。芳香剤めいた強い香に花の咲いていることに気づかされるが、ただ「ああ、沈丁か…」と思うだけ。まさに「じろりと見て過ぐる」ような花なのである。
葭切の鳴く辺は荒く鋤かれけり
助詞「は」に注目して読めば、荒く鋤かれた一画以外にも、様々な作物の植えられた、かなりの広さの畑が見えてくる。その視覚的な広がりと、葭切の鳴き声という聴覚とが、景にしっかりとした実感を与えている。爽波の写生の筆致の確かさが堪能できる一句。
玉葱を吊す必ず二三落ち
夏場に収穫する玉葱、そのままでは水分が多く腐り易いので、吊して水分を抜く。吊す場所は、風通しの良い日陰の、雨が掛かりにくい所が望ましい。大量なのでどうしても何個か落ちてしまうが、洗って食べれば良いだけのこと。良い意味で大雑把な所に味がある景。
蓑虫にうすうす目鼻ありにけり
木の葉や枝の端などを糸で綴って巣を作り、その中に暮らす蓑虫。爽波はこの蓑の中を覗いてみたのだろう、暗がりに蓑虫の目鼻をうっすらながら認めている。爽波は蓑虫と目が合っただろうか。見ているようで見えていない、蓑虫の本体がありありと想像される。
雨ながら竹伐る音の聞こえけり
音が聞こえなければ竹を伐っていることに気がつかないほどの遠くから、はるばると響いてくる竹の音。それは、わが身を取り囲むように聞こえる雨音を貫いて耳に届く。大らかさを感じさせる、自然な言葉の連なりが、一句の印象を広々としたものにしている。
厠より眇してゐる落穂かな
男性が立ったまま用を足しているのであろう、厠の小さな窓から、その目だけを田の落穂の方へと向けている。稲刈後の土のあらわな田の、日光を受けた落穂の黄金色に、ふと気を引かれたのであろう。農とともにある生活の一場面が落ち着いた筆致で描かれている。
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