【週俳6月の俳句を読む】
心に巡ったもの
大石雄鬼
Tシャツを脱ぎTシャツを着て眠る 佐川盟子
蚊柱に届いてしまふ肩車 同
自分も俳句を作っているので、他の人の俳句を見るときも、これ本当かなあ、それとも作ったかなあと、ついつい思ってしまう。
頭で想像して作ったところで全くかまわないし、面白ければそれでいいし、心に染みればそれでいい。でも、本当だなあと思うと、それだけで強く惹かれてしまう。心に染みやすくなる。
一句目、たしかにそうだ。僕もそうだ。だから何なんだと思うが、なにか、人生そのものを語っているように思えてきてしまう。
二句目、一方こちらは届くという感じかなあと、すこし疑ってしまう。作者にとってはともかく、僕にとってはこの句は嘘っぽい。蚊柱を通る肩車はあるが、「届いてしまう」という心の動きが、僕の中にはない。
うつ伏せをまた叱られてゐて素足 北川あい沙
クレマチスから私まであと少し 同
一句目、若い女性が、短パンをはいて、部屋の中でうつ伏せになっている。足をばたばたさせて、雑誌かなにかを読んでいる。通りがかった母親が、みっともないですよ、なんて言って行く。そんな光景が僕に浮かび、もうそれだけで良し、ということになる。で、考える。もう一度味わう。うつ伏せ、叱る、素足。このバランスがいいように思えてくる。おそらく、うつ伏せから、腹の柔らかさ、危うさを感じ、そこから素足と叱るに響いていくと、感じているのかもしれない。そんな感じか。なんとなくだけど。
二句目、面白いと思うし、惹かれたが、なにかが足りない。なにかを埋めきることができない。
蛇口映す蛇口の下の水たまり 神野紗希
冷房に反りて中吊りチラシかな 同
ビニールの水も金魚もやわらかし 同
一句目、蛇口の下の水たまりが蛇口を映している。たぶん、水たまりをつくった原因である蛇口を水たまりが映している。結果が原因を映している。水たまりはいつか消えていくが、そして蛇口ははっきりとそこにあるのだが、なぜか、水たまりがしっかりとこの世に存在し、蛇口が危うい存在になっていく。映されたことにより、原因を作った蛇口の立場が逆転する。
二句目、反りてがいいけど、中吊りチラシにあるものそのものを俳句にしたほうが、もっと面白くなったかもしれない、と自戒を込めて。
三句目、金魚を買ったその帰りに、何度も金魚の入ったビニールを眼の高さにもってきては、確かめるようにビニールと水と金魚のあたりをつまんだことを思い出す。あのやわらかさ。驚きの原点だったかもしれない。
草矢射る神の名のつく岬かな 平山雄一
浴衣着てどの町からもはるかなり 同
一句目、岬にはたしかに神の名が似合うような気がする。その神に、草矢を射ったような俳句。神には確実に届いた草矢。神は遠く大きく、そしてすぐそばにいる。
二句目、浴衣に包まれた自分は、どこに行ってしまったのだろうか。浮遊している自分。現実である町から、浴衣に包まれた自分は、どこか異次元に迷い込む。気持ちの良い異次元に。
第267号
■佐川盟子 Tシャツ 10句 ≫読む
■藤田哲史 緑/R 10句 ≫読む
第268号
■北川あい沙 うつ伏せ 10句 ≫読む
第269号
■神野紗希 忘れろ 10句 ≫読む
第270号
■平山雄一 火事の匂ひ 10句 ≫読む
2012-07-15
【週俳6月の俳句を読む】心に巡ったもの 大石雄鬼
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