2012-09-23

のんびりと流れてゆく鰯雲 加倉井秋を『真名井』を読む 藤田哲史

のんびりと流れてゆく鰯雲
加倉井秋を『真名井』を読む

藤田哲史



九月某日。白の外箱に紅の布装が施された一冊を、私は遅めの帰省の鞄に詰め込んだ。加倉井秋をの『真名井』。ほかに能村登四郎の『枯野の沖』などが入集している牧羊社現代俳句15人集のうちの一冊だ。実はこの『真名井』、以前に買ったまま読む機会を逸していたのだ。帰省の電車内でいそいそとひもとき、読みはじめた。

あとがきによると、この句集は五十代の作品集であり、既刊の『胡桃』『午後の窓』はそれぞれ三十代、四十代の作品集にあたるという。その三〇年間著者は富安風生に師事しており、『真名井』収録の作品九三五句の大部分も「「若葉」同人作品として、風生先生の親しくも厳しい眼を経た作品」であるとのこと。ちなみに、本句集の書名『真名井』は、著者が仕事の為訪れた九州宮崎の地名。本句集には、真名井をはじめ日本各地の旅吟が数多く収められている。

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加倉井秋をの俳句の典型は、言ってしまえば〈ひとりごと〉の俳句である。ここでいう〈ひとりごと〉とは、たとえば、次のような作品。

 雨の刈田歩くひとりだけのよろこび

雨の降る刈田みちを歩いていき「雨の日の散歩はいいなァ」と独りごつ秋を。

 枯園の椅子一人しかかけられない

枯芝の広がる公園にある椅子。「一人しか腰かけられないよ」とひとり嘆く秋を。

 やはり母郷枯草つかみ枯枝つかみ

枯草や枯枝にふれつつ「やっぱり母の故郷が安心するなァ」とひとり思う秋を。

 暑く暗い運河を覗く無駄なことを

夏の夜、運河を覗く人を見かけ「まったく、無駄なことを」とひとり呟く秋を。

 末黒野が紫に見えてしようがない

春、野焼のあと黒焦げになった野原を見て「黒とはいうものの紫に見えてしまうんだよなァ」とひとり考える秋を。

詳細な描写や、時間場所の情報を含めず、季語だけで景色を成り立たせた作品の数々。それらにあるのは、屈託なく、穏やかに、書ききられていく<ひとりごと>だ。しかも、その感想は、読者にとってはあまり切実なものではない(いや、全く切実ではない)。

むろん、そこがいい。ここで読者は、秋をの<ひとりごと>にのんびりと付き合うのがいいのだ。世界が意味のないものに溢れているからこそ、私たちは心穏やかに過ごしていられる。西村麒麟さんによると加倉井秋をは「言葉を無駄に使う天才」だそうだ(http://spica819.main.jp/kirinnoheya/6254.html)。たぶん麒麟さんの「言葉を無駄に」のアプローチの一つが、ここでいう<ひとりごと>なのだろう。

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とはいえ、もちろん九三五句が全て<ひとりごと>ではない。『真名井』には、次に挙げるような手堅く描写に徹した作品もある。読んだ方はわかるのだが、この句集の独特の読み応えは、<ひとりごと>の俳句だけによるのではなく、描写と<ひとりごと>の2つの傾向が生む緩急による。かっちりとのんびりが一緒にあるからこそのんびりが活きる、というわけだ。

 新雪の嶺に三日月のみを許す

折り目正しい、隙のない叙景句。新しい雪がかかった嶺の上の空に三日月があらわれた。「新雪」「嶺」「三日月」の素材を取り揃えて、清潔に仕上げた作品。「雪しろき奥嶺があげし二日月(藤田湘子)」と比べてみてもおもしろい。

 百日紅散る潦午後は失し

たしかに午前には水があったものの、午後には干上がってしまった水たまり。百日紅の赤い花びらだけが鮮やかに残る。そこはかとない喪失感。

 雑貨屋車愛され囲まれ椎も若葉

公園で行われるフリーマーケットでの作品だろうか。椎をはじめ若葉する木々の下に、物品を広げる店々。

 楝の雨湯気がはげますクリーニング

楝は、夏、うすむらさきの花をつける。不快指数の高い日々。湿った空気にさえ、アイロンのスチームが湯気を立てる。

 威し銃圏内のオイル販売業

威し銃の音が谷間に谺する山国のストーブ用の灯油の販売所。当然、都市ガスなどは整備されていない地域。灯油は風呂焚きのボイラーにも使われるのだろうか。

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と、ここまでは背景(場所)に触れず鑑賞したのだけれど、実は、この句集に収められた作品の多くは、平泉、秋田、伊豆、穂高、信濃、焼津、高山、下谷、筑紫、佐世保、平戸、阿蘇、高千穂―――と実にさまざまな旅先で詠まれた旅吟だ。あとがきにもある通り、この期間秋をは生業である建設業のため、全国を飛び回っていた。

 曳く荷押す荷檜笠触れあひ朝市へ

 山の影来て朝市の桃売る膝

 進む日の出載せて花茣蓙市開く

 朝市へ弁慶草を束負ひに

高山の朝市での四句。これらの俳句で注意したいのは、旅先での作品(つまり旅吟)であっても、旅らしさのない、生活密着型の作品であること。この傾向は、もしかしたら当時のムーブメントであった「風土俳句」の影響下にあるものなのかもしれない。

 原潜来て雪に三つの灯をともす

とはいえ、佐世保港の原子力潜水艦に、冷戦における合衆国とソビエト連邦の対立の緊張感を読み取ることも、昭和も終わりごろに生まれた私にとってはむずかしいのだけれど―――

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 鰯雲夜となりて透くところなし

最後に『真名井』からもう一句。高野山での作品とは書かれているものの、作品だけを見れば平易な自然詠である。滋味深い秋の一句だ。こののんびりとした感じは、どちらかと言えば秋をの<ひとりごと>の俳句に近いと言えるだろうか。

今、いつもより遅めの帰省先で、油蝉からつくつくぼうしに変わりはじめたのを聴きながらこの原稿を書いている。もう、すっかり秋だ。『真名井』で秋をが描いた鰯雲は、いつか私の鰯雲になっている。そうだ、このまま遠くに出掛けてしまおうか。そんなことを思った。

(終)


「霧島・えびの高原ホテル工事現場の著者」と注釈のついた口絵写真の一部

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