2013-03-24

鱗翅類の昼と夜 斉田仁句集『異熟』の一句 中嶋憲武

鱗翅類の昼と夜
斉田仁句集『異熟』の一句

中嶋憲武



ヘッセ忌の標本箱の黒い蝶  斉田 仁

一読、ヘルマン・ヘッセ(1877年7月2日~1962年8月9日)の「少年の日の思い出」を思い出される方は、少なくないであろう。中学校の国語の教科書には、必ずと言って言いほど掲載されている小説で、蝶(蛾)の収集に夢中になっていた少年の犯してしまった罪の顛末が語られている。

2010年に草思社より刊行された『少年の日の思い出』の訳者、岡田朝雄氏の注によると蝶と蛾の総称である「鱗翅類」という意味の語は、場合に応じて訳し分ける必要があるそうで、ドイツ語で区別して表現する場合は蝶には「昼」を意味する語を、蛾には「夜」を意味する語をそれぞれ冠さなければならないのだと言う。

掲句は、名詞を助詞「の」で繋いで行って「黒い蝶」へと集約する力強いリズムから成っており、ぽんと置かれた「黒い蝶」という語がさまざまなイメージを喚起する。もしかしたら黒っぽい蛾であったのかもしれないなどと言う想像が働くのも、「黒」が夜を連想させるからだろう。

この句からは、蝶類への強い郷愁の思いが感じられる。作者がこの句を夏の章に入れているのは、捕虫網を手に山野を駆け巡り、どきどきと初恋の人に近づくように蝶に近づいた体験のゆえかもしれない。そうしたパッションをこそ読み取るべきで、この句を秋の句と取るか、春の句と取るかと言った事は、また別の問題であるだろう。


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