2013-04-28

朝の爽波64 小川春休



小川春休





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さて、今回は第三句集『骰子』の「昭和五十九年」から。今回鑑賞した句は、昭和五十九年の秋から冬にかけての句。期間が短いのもありますが、この時期も特に年譜に記載のない時期。

夜学果て棒雑巾の人が立つ  『骰子』(以下同)

これもまた、現代の夜学の景と言えよう。夜学が果てた後も秋の夜は長い。電灯も最低限に、夜学後の清掃が始まる。薄暗がりに掃除夫が、長い棒の先に雑巾を取り付けた棒雑巾を手に、ぬーっぼーっと立っている。不思議な存在感を感じさせる、臨場感のある句だ。

靴はけば温もりてゐし秋の山

秋は大気が澄んで、遠い山までくっきりと見える。ところどころ紅葉が始まり、赤、黄、緑のコントラストが美しい。上五中七の叙述は穏やかながらも軽い驚きを含み、鋭い風による肌寒さとあくまでも明るい秋の日差しとの織り成す晩秋特有の気候を窺わせる。

稲雀ちつとも飛ばぬ広さかな

稲が実ると田圃や掛稲に群れを成してやってくる稲雀。近づく冬を前に、夢中で稲を啄んでいる。飛び上がることがあっても、次の食事場へ移るだけのこと、それほど高く遠くへは飛ばない。逆説的な「ちつとも飛ばぬ」から、澄み渡った秋空の広大さが思われる。

浸けてある障子のあたりうろうろと

来るべき冬に備えて、障子の貼り替えを行う。掲句は池などにしばし障子を浸けておき、紙が剥がれるのを待っている景。かなり大規模な障子貼りと見える。浸けている間に、次の工程の準備か別の用事を片付けているのか、うろうろと人が往き来している。

大ばつた紫帯ぶと見ゆるなり
様々な種類のあるばっただが、細長い繊細な体で淡緑色や褐色のものが多い。翅や体の表皮は少し透けており、黒っぽい血管や内臓などが窺われる。大ばったの紫もそうした色合いが表面に表れ出たのだろう。その大きさとも相俟って生々しく、強い生命力を感じる。

地卵の粒揃ひなり川涸るる

地卵とは、その土地で産した鶏卵のこと。単なる卵ではなく地卵ということで、その産地までも想像が拡がる。そしてその想像を、「川涸るる」という季語が豊かに肉付けしてくれる。寒さが本格的になる時期を前に、粒揃いな地卵にストレートに食欲を刺激される。

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