2013-06-30

朝の爽波73 小川春休



小川春休




73



さて、今回は第四句集『一筆』の「昭和六十年」から。今回鑑賞した句は昭和六十年の秋の句。今回鑑賞した句の中にも〈墓参ほめられし句を口ずさみ〉という句がありますが、爽波にとって墓参は特別な意味を持っていたようで、次のような文章を残しています。
  墓参より戻りてそれぞれの部屋に
 私には「墓参」または「掃苔」の句が多いようだ。そしてこれからもまだまだ沢山作りそうである。関東大震災で私は壊れた家の下敷きになり危うく助かったが、祖母はそこで亡くなった。母は私の身代りに祖母が死んで呉れたのだと小さい時から私によくいい聞かせた。そして九月一日の祥月命日の日は勿論のこと、毎月一日の日には青山墓地にある祖母のお墓にお詣りしてくるように命じた。そしてそれは私のみならず弟三人に対しても全く同じであった。小学校、中学校、高等学校を通じてどんな雨風の日にも学校の帰りには青山墓地に足を運んだ。暗い雨で人っ子一人通らない青山墓地の道のはるか向こうから小さな傘をさした末の弟が歩いてきて、もうお墓詣りは済ませたとすれ違って言葉を交す。命じた母も母だが、これだけは何としてもとやり通した兄弟四人も今考えてみれば立派なものであったと思う。
 そんな次第で、私にとって墓参とは特別の意味をもっているし、墓参の心はすっかり身に滲み込んでいる。
 さてこの句だが、「それぞれの部屋」の他に(引用者註:「他に」に傍点)幾間かの空白の部屋を読み取って貰わないと正解にはならぬのだが、如何なものであろうか。

(波多野爽波「『湯呑』自句自解」)

秋風に倒れし音は簀子板  『一筆』(以下同)

ささささーっと、乾いた音を立てて過ぎる秋風。そんな折突如として起こった、かーんという大きな音。その後すぐ、立て掛けていた簀の子の音と思い当たる。音がしてからその正体に思い当たるという認識の順序に沿った自然な表現で、かえって静寂が強く意識される。

墓参ほめられし句を口ずさみ

季語としての墓参は、盂蘭盆のものを指す。爽波は幼少時に関東大震災に罹災、その際に亡くした祖母の墓には毎月詣でたと言う。墓参は爽波にとって馴染み深いものであった。掲句の墓は師・虚子のものか、それともホトトギスの先輩か。暖かい心情の伝わる句。

姿見は裾まで映すゐのこづち

古くは第一句集『鋪道の花』の〈妻と我いちどきになり初鏡〉から、爽波には鏡の句が多いように感じる。きっと身なりに気を使う人だったのであろう。掲句、大きな姿見に映り込むのは庭の牛膝(いのこずち)か。室内のことを詠んでも、心は自然へと開かれている。

ねこじやらし太りにけりな花鉢に

秋になると、道端や草叢に穂を並べる猫じゃらし。掲句では、どこから種子が飛んできたのか、花鉢に猫じゃらしが根付いている。草叢より鉢の方が環境が良いのだろう、野生を遥かに凌ぐ生育ぶり。どことなく百人一首を思わせ、声に出しても楽しい一句だ。

ついてくる人はと見れば吾亦紅

やっと残暑も収まる頃、心地良い秋の野に遊ぶ。多人数で散策していたが、思うさま歩き回って、ふと振り返れば誰も居らず、吾亦紅がひょろりと立っているばかり。掲句を淋しいと読むか否かは、読み手がどれだけ吾亦紅に親しみを持っているかで異なってくる。

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