2013-07-14

林田紀音夫全句集拾読 274 野口 裕


林田紀音夫
全句集拾読
274

野口 裕







いつまでも冷えて包丁研ぐ火

平成三年、未発表句。安い値段で包丁研ぎを請け負う業者に出くわしたところか。砥石を使わず、グラインダーで盛大に火花を飛ばしている図。実生 活での紀音夫は技術をしっかりと持ったエンジニアであった。道具に愛着を持たないやり方の通用する世相には、大きな違和感があったろう。

 

椿落ちその後の時間流れ出す

平成三年、未発表句。「時間」というような抽象語はあまり使わない紀音夫にしては珍しい句。時間は、来し方行く末を考えると言うよりも、詰めていた息がふうっと洩れ出すような体感に即応している語と考えた方が良いだろう。

 

クレーンへ手を振って鉄呼び寄せる

平成三年、未発表句。起重機がつり上げた鉄塊を目標地点まで誘導するべく、起重機の操縦席に声かけながらゆっくりと移動させている図。エンジニ アだった紀音夫には近しい風景のせいか、ペシミズムは目立たない。読みようによっては「工事現場萌え」のようにも取れる。平成五年「海程」の、「緩慢なク レーン眼鏡かけ直す」として、ようやくそれらしい雰囲気が出てくる。可能性を自身の手でつぶしているとも言えるが。

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