2013-07-14

【週俳6月の俳句を読む】一期の夢 矢野錆助

【週俳6月の俳句を読む】
一期の夢

矢野錆助


蜃氣樓臭きを奥の間に通す  閒村俊一

古の人々が大蛤の吐き出す瘴気にあてられて、すっかりラリった眼前に、煌びやかな娼婦楼を見上げるが如く、春の愁いを含んだ気が閨まで静かに沁み渡る。いささか淫靡な香りのする物語の始まり。


うぐひすや天神下にひとり酌む  同

前書きにて「湯島シンスケ」と飲み屋の名。春の日永の夕暮れ時、一人手酌を呷る頃、奥山住まいの鶯は、梅の小枝でウトウトと、花咲き乱れる夢に寝惚けてか、ホケキョ、ホケキョと鳴いとります。


未亡人下宿春雷鳴りやまず  同

春晝の鞠つきしまゝ老いしとか  同

妙齢を過ぎた女性と言うのは何とも欲情を駆り立てる対象ですなぁ。春雷を聞き庭を覗く下宿屋の未亡人の熟れた腰つき、いつしか年を重ねた老女に春昼の陽気がフト蘇らせるかつての見目麗しき少女の面影。麗かな春の陽射しの中では、全てが何やら物狂おしい気持ちになってしまうのです。


ゆく春の小鰭ほどよきしめ加減  同

柏餅われら赤胴鈴之助  同

冷奴きつぱりとした心だて  同

氣の重きことなり瀧を見にゆくは  同

おや、どんどん空気が変わりますね。移りゆく季節の為でしょうか。
「われら赤胴鈴之助」から「きつぱりとした心だて」、そして「氣の重きことなり」と並びますと、私などはついつい「少年」から「青年」へ、そして「中年」へと変わりゆく一人の男性の姿なんぞも連想してしまったのですが、それはまあ、少々読みの暴走というヤツでしょうか。
そんな早送りの景色の中、実はまだ夢か現か判断の付かぬフワフワした足どりの中におります、私は。


覺めぎはのかうかうとしろはちすのしろ  同

クシャミ一発。ハッと目覚めれば、春の陽気にうたた寝しながら涎なんぞを垂らしておりました筈が、いつしか季節は夏となり、昼寝覚めれば黄昏時。寝覚めの眼に飛び込んできたのは、やけに輪郭のハッキリと蓮の花弁の白い色。

結局、みんな夢の中。





第319号2013年6月2日
閒村俊一 しろはちす 10句  ≫読む

第320号 2013年6月9日
石井薔子 ワッフル売 10句  ≫読む

第321号 2013年6月16日
秦 夕美 夢のゆめ 10句 ≫読む

第322号 2013年6月23日
永末恵子 するすると 10句 ≫読む

第323号 2013年6月30日
飯田冬眞 外角低め 10句 ≫読む

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