【週俳7月の俳句を読む】
とりあえず臍は隠しましょう
山崎志夏生
ビアテイスト飲料という境地かな マイマイ
ビールではない、うまいこと真似している偽者の境地。ビアテイスト飲料が分相応な自分の境地。どちらをとってもちょっと残念な境地にある一種の安寧を表している。「○△□という境地かな」は何にでもくっつくし、その対象によってナルシシズムの分量の調節が可能。やりすぎると安寧がクサくなる。「ビアテイスト飲料」はぎりぎりだが悪くない。
とりあえず墓はあります梅漬ける 小野富美子
自分で墓を用意してあとはゆったりと生きる。梅を漬けることが出来るほどの健康。理想的だ。「梅漬ける」という季語は、来年にその梅を味わう暮らしが続くこともイメージさせる。とりあえずという措辞に可笑味があり孤独ではないひとり心があり気持ちが良い。なかなかにこのようにはなれぬ。
雲白く夕焼終る頃と見し 岸本尚毅
この確信犯的あたりまえ感にわしづかみにされた。しかし再読するとなかなか微妙な瞬間であることに気付く。西にある夕焼け雲は日没まで赤い。沈んだ直後の赤が褪める雲、東の空の暗さの中に浮かぶ雲の白さはなんとも美しい。それが「頃と見し」で俳句になってしまった。
思念なく鬼灯市の辻に立ち 同
思念なく立っている作者を思うと実におそろしい。辻に立っているのがさらに怖い。羽子板市でも朝顔市でも成立しないのは辻を往来するあやかしの有無の違いだろうか。
知らぬ人網戸に舌をあてがひぬ 藤 幹子
子供の頃、いろいろなものの味を確かめたくて、舐めたことがある。網戸しかり。ちょとにがい埃の味。衛生観念を好奇心で克服できる御仁は試されたい。しかしこの句の状況は危険だ。虚の句のようだが妙にリアリティがある。「あてがひぬ」で網戸の細かい網目からあのびっしりとした舌乳頭の突起が飛び出してくるさまがとても嫌で好きだ。
蚊が口にくる折り紙を箱にする 同
蚊が口に来るということは嫌なことに分類されることがらだろう。折り紙で作る箱はあまり役に立つとは思えない。そんなことに両手をふさがれているので蚊が口にきてもちょっと顔を背けるだけで作業を続行する。蚊を追い払うよりその作業への没入が優先する瞬間のちょっとなさけない心持ちに共感。
晴れた日はこわい顔して遠泳へ ぺぺ女
青春臭濃すぎでしょとおもいながら、こわい顔で遠泳にゆくお嬢さんはきらいじゃないなとおもった。怒ったような顔でぐんぐん沖へ進むお嬢さん。おじさんは岸からはらはらしながら見ているよ。
夏霧や母なる臍といふところ 鳥居真里子
暮るるまで臍をかくしぬ沙羅の花 同
臍の句が2句も。自分の臍を覗き込む姿勢はなんとも情けない。そんな姿勢でのモノローグとして前者はまっとうで普通だ。母と臍は近すぎるくらい近くてわかりやすいが朝霧の静かさのなかの行為としてせつない。後者は「暮れたら臍出すのかよ」という突っ込みを期待しているようで可笑しい。夏の夕暮れに白さを際立たせている沙羅の花から臍周辺の白い肌地が連想されエロティックでもある。
玉虫の中の一匹ギイと哭く ことり
玉虫の句としてゴージャス。あんなにピカピカしたのが複数いるのを見たことはない。脳内に玉虫が溢れている妄想句かもしれないが、玉虫の金属的な光沢とギイという声は機械仕掛けの虫のようで異界に引きずり込まれそうだ。しかし脳内に玉虫がたくさんいるとしたらかなり切羽詰った感じだなあ。
■マイマイ ハッピーアイスクリーム 10句 ≫読む
第325号 2013年7月14日
■小野富美子 亜流 10句 ≫読む
■岸本尚毅 ちよび髭 10句 ≫読む
第326号 2013年7月21日
■藤 幹子 やまをり線 10句 ≫読む
■ぺぺ女 遠 泳 11句 ≫読む
第327号2013年7月28日
■鳥居真里子 玉虫色 10句 ≫読む
■ことり わが舟 10句 ≫読む
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