2013-09-01

【週俳8月の俳句を読む】そのまわりにあるなにか 山下彩乃

【週俳8月の俳句を読む】
そのまわりにあるなにか

山下彩乃


虹あとの通路めまぐるしく変る  鴇田智哉

虹が消えたことによって世界が動き始めたわけではないが、虹を見ていた者には虹の他にはなにもなかった。静かな時間から、たちまち日常が現れてめまぐるしい。〈通路〉〈変る〉という物や動きを指定せず、極力具体性が省かれているのは、まだ静かな世界から戻りきっていない状態なのだ。


我は藻のまはりに殖ゆるものらしき
  同

藻という水にたゆたっている輪郭のはっきりしないもの、そのまわりにあるなにかであり、しかも〈らしき〉と断定もされない。それが自我だという。じっと浮いていたり、流れたり蒸発したり、雲や雨になり、また藻のまわりにあり、殖えていく。魂という言葉もあて嵌められない。本当に制約がないものなのだ。



人声は月に届かず月涼し  村上鞆彦

月は暗闇のなかにある印象がつよく、地面に触れたらひんやりしていそうだ。視点は人声の煩さと暑さの中にいて、月を仰ぎ、月の遠さを見ているのだろうが〈月涼し〉と言い切られてあるため、説得されてしまう。人声から月の涼しさ、つまり聴覚から視覚、視覚から触覚への移行という感覚の大移動の句なのに、いや、感覚の大移動だからなのか説得されてしまう。一読して、ああ確かに涼しそうだ、月、月、そう思わせる。



簾がない夜だ漂い流れ出す  井口吾郎

人間の空間には仕切りがある。暑い季節はその仕切りが曖昧になる。重い空気も甘い空気も音もにおいも流れる。夜の闇へ流れる。

俳人はマゾヒストなのかもしれないとおもうことがある。季語だの文字数だの縛りが多いからだ。回文までくると、難解すぎてどれほどの時と脳みそを使うのか想像しがたい。


第328号 2013年8月4日
彌榮浩樹 P氏 10句 ≫読む


第329号 2013年8月11日
鴇田智哉 目とゆく 10句 ≫読む
村上鞆彦 届かず 10句 ≫読む
 

第330号 2013年8月18日
井口吾郎 ゾンビ 10句 ≫読む


第331号 2013年8月25日
久保純夫 夕ぐれ 10句 ≫読む

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