【週俳11月の俳句を読む】
Corazon コラソン
柏柳明子
梟に胸の広場を空けてをく 岩淵喜代子
フラメンコを踊る時、必ず「ギターと歌に寄り添って踊れ」と言われてきた。哀切極りない調べのうちに心と身体を開放しながら、何度も耳へ届いた歌詞のひとつに“corazon”がある。
スペイン語で「心臓」を表すこの言葉
は、「私の心」「私の恋人」という意味を伴って様々に歌われている。
梟の声は夜を深くする。時間の伸縮を自在にする。無意識への扉をゆっくり開け始める。異なる次元を行き来する言葉たちが、見たことのない風景を連れてくる。十句の作品は十本の柱となり、そのうちを彷徨いながら最後の胸の広場
で聞こえてきた声は、ソレアやタラントの重みを伴って宇宙をつきつけてきたのだ。私の心臓へ。
寝袋に入り木の実の音つづく 山岸由佳
フラメンコは、身体そのものを楽器とする踊りだ。
ギターや歌はもちろん存在するが、サパテアード(足拍子)やパルマ(手拍子)が伴奏のない空間を奏でることがしばしばある。特に舞台上の闇から足又は手の複雑なリズムが響きだして踊りが始まる時、高揚と恐怖が表裏一体となった感覚に襲われる。始原と対峙し、何かが生まれ出づる瞬間に立ち会うかのように。
掲句における寝袋の身体は闇の中の断続的な音を体内で響かせるうちに、いつしか聴覚受容器へと変貌してしまったかのようだ。
視覚がきかないからこそ覚醒する新たな感覚とともに、横たわる身体は宇宙と向かい合う。眠りが来るまでのわずかな間、天と地のあわいに意識と心を浮かばせて、作者ひとりの世界が静かに広がってゆく。
抱かれ傷みのアンティークドール冬ともし 関根誠子
小さい頃、少女や幼女を模した人形は苦手だった。星が光っている大きな瞳やすぐ絡まる栗色の髪は、可愛いというよりはむしろ不気味に思えた。
後年、岩館真理子『キララのキ』を読んだ時、美しい人形を巡る姉妹たちの愛憎を描いた物語に魅了されつつも、怖くて何処かへしまいこんでしまい、今読みたくても見つけられずに困っている。
アンティークドールを愛した少女は既にこの世にはいない。でも、愛された記憶は、人形の傷んだ髪や疲れて色褪せた洋服に残っている。気をつけて扱ってやらないとすぐに壊れる陶器の身体を幾度も抱いて、少女は大人になっていったのだろう。
そういえば、少女の頃の心もまた陶器のように扱いにくいものだった。あの頃のかけらとたまに出会ってしまう真夜中、どうしようもなく恥ずかしい存在のように自分を思ってしまうことが今でもある。
幼い夢や憧れを食べて、ドールは薔薇色の頬に永遠の微笑みを浮かべ続ける。冬の灯のどこか物悲しい色の下、眠らない瞳は可愛いまま歳をとってしまったのかもしれない。だから、小さい頃の私は目があうたびに好きになれなかったのかもしれない。
につぽんの正しい日向ぼこの家 大和田アルミ
正しいのは日向ぼこなのか、家なのか、それはともかく。出だしの「につぽんの」に思わず笑ってしまう。あけすけで、しかも平仮名表記。日本語自体が日向ぼっこしているみたいなのびのび感満載だ。
日向ぼこというと縁側でというサザエさんみたいなイメージがどうしてもあるが、今や私の周囲では高層お茶筒マンションがばかすかできるばかりで、そんな家自体とんと見かけることもなくなった。
からっとした大らかな詠みぶりとともに、「正しい」という強い肯定がこの場合、好意的に効いていて、妙なノスタルジーに寄りかかっていない。だから、「こんな家や家族、どこかにあったらいいな」と素直に思える。そしてもしあるなら、ぬくぬくしながら一緒にお酒を飲みたいものだ。
北風にポストの遠くありにけり 相沢文子
外套にきのふの風のにほひかな
寒くて強い北風の音がどこか淋しく耳を打つ。寒さの中心にいる作者と、やっぱりひとりぼっちのポスト。
本当は思ったほどポストは遠くにあるわけではないのかもしれない。でも、北風という季語があることで、心情的にその距離が腑に落ちるものとなる。また、どこか俯いて寒さに耐えているようなポストは作者の分身のようにも見えてくる。作者とポストの距離の間で、冬が一段と深まっていく。
そうして、年末が近づくと、一日一日が平素とは違う表情を持ち始める。昨日袖を通した外套の匂いから、昨日の風の記憶が脳裏をよぎる。その時の気持ちも含めて、もう帰らない時間の名残を留めつつ、また今日も外套を着て一日を始めるのだ。今年の時間を静かに数えながら。
第342号2013年11月10日
■本井 英 柄長まじりに 10句 ≫読む
■山岸由佳 よるの鰯雲 10句 ≫読む
■仁平 勝 女の園 10句 ≫読む
第343号2013年11月17日
■関根誠子 ナッツの瓶 10句 ≫読む
■大和田アルミ 桃剥いて 10句 ≫読む
第344号2013年11月24日
■岩淵喜代子 広場 10句 ≫読む
■相沢文子 小六月 10句 ≫読む
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2013-12-08
【週俳11月の俳句を読む】柏柳明子 Corazon
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