コマ落としのように
柿本多映第一句集『夢谷』の一句
西原天気
描くことなく、それを現前せしむる、言い換えれば、生きたまま(というのは、いきいきと)読む者に届ける、という不思議なことを、いくつかの俳句は実現します。
巻き尺を巻きもどしゐる昼の火事 柿本多映(以下同)
この句の場合、私たちに届くのは、「昼の火事」。
この句、昼の火事を「描く」ことはしない。ところがその鮮烈なイメージが読者に届く。
それは、意味の断裂(いわゆる「切れ」)がもたらす効果であって、「巻き尺を巻きもどす」行為が、ここでは「昼の火事」を描かずして読者に届けるというためだけに、ある。これは俳句では当然のこととはいえ、日常や、あるいは散文的思考においては、とうてい考えられません。
勝手な連想が許されるなら、巻き尺のその動きは、映画のフィルムのように、鮮烈に昼の火事を映し出します。意味上の断裂が深く横たわるなか、私たしは、イメージ上の糸口を(それなりに)見つけることで、この句をしっかりと受け取るのです。
以上、くだくだしく書いたことは、「俳句」という二文字をパラフレーズしたに過ぎません。ただ、そうであるにせよ、やはり、ときどきは、俳句的悦楽について、いまさらのように確かめることもムダ骨でもない(と信じているのですよ)。
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第一句集『夢谷』の冒頭ページには、
眼底をよぎる人あり冬花火
立春の夢に刃物の林立す
の2句。作者のキャリアがこの2句でスタートしたことに、読者として驚きと喜びを禁じえません。掲句(昼の火事)で「鮮烈」の語を用いましたが、句集全体に鮮烈なイメージの佳句、多数。どなたにもオススメしたい句集です。
他に何句か。
鳥曇り少女一人の鉄砲店
鶴折るやうしろの山に雪が降る
青蚊帳を泳ぐ昭和の日暮かな
降る雨のあやめ殺しとなりにけり
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なお『夢谷』は1984年刊。現在ではやや入手困難。古書サイトで見つかるのは2013年12月4日現在、1点のみ。6000円の値がついています。
今回、東京四季出版より俳句四季文庫として2013年8月に刊行。文庫サイズ・160頁・定価1142円。読者にうれしい刊行です。おかげさまで、私も今回、読むことができました。ところが、2013年12月4日現在、こちらもamazonでは「この本は現在お取り扱いできません」状態。せっかくの文庫化なのですから、せめて1年間、あるいは半年間くらいは、購入可能な状態が続いてほしいものです。
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2013-12-08
コマ落としのように 柿本多映第一句集『夢谷』の一句 西原天気
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