小川春休
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舟虫のアロエの鉢の蔭へみな 『一筆』(以下同)
海の近くで目にする舟虫は、人の気配を敏感に察し、群れで一斉に動く。掲句、舟虫の数は十か二十かそれ以上か、人の気配を察して一斉にアロエの鉢の陰に避難しているが、このアロエも大きな鉢に植えられ、海辺の強い日差しに大きく育ったものが目に浮かぶ。
蠅取紙蠅みな潰れゐたりけり
「みな」を用いた句が続く。誘引材が付いた粘着テープを天井や鴨居などから吊し、寄ってくる蝿を捕獲する蝿取紙。「みな」とは何匹ぐらいの蝿であろうか、長い蝿取紙にびっしりと蝿が付いた様子が目に浮かぶ。蝿が付いてからかなりの時が経過しているようだ。
さくらんぼ食べゐし女いつか下車
ある程度長距離の移動、たまたま列車に乗り合わせた女性が、さくらんぼを食べている。さくらんぼの鮮やかな赤が次々に女性の口へと消えて行くのを、見るともなく見る。気付くと女性は下車してしまっているが、その色彩だけがぼんやり印象に残っている。
花茣蓙の我を覗きに雀くる
藺を種々の色に染め、様々な模様に織り出す花茣蓙。その色彩と藺の清々しい香の涼感を楽しむ夏の調度である。掲句では大きな窓近くか縁側に敷かれているのか、雀も物珍しげに寄って来る。夏の明るい日差しと、ゆったりとした明るい心持ちとが自然と窺われる。
明易の濡れ雑巾を踏み出づる
夏の夜は短く、たちまち朝になるように感じる。掲句は夏の早朝、家から出発する場面だが、それより早く拭き掃除が始まっていたようで、濡れ雑巾を踏んでしまう。出発を焦っていたのかも知れない。古来詠まれてきた明易の情緒に負けない生活感が窺われる句。
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