2014-05-11

【週俳4月の俳句を読む】設計図 押野裕

【週俳4月の俳句を読む】
設計図

押野 裕



鶯や倒木のほのあたたかく  川嶋一美

木は本来、生きているものでも倒木でも温かくはないものだ。しかしこの倒木はほのあたたかいという。一体いつ倒れた木なのだろう。木が倒れれば日の差すところは多くなる。日が差して温まっていただけなのかもしれない。倒れた木が温かいというイメージに、人間の姿を重ねてみる。この鶯は倒木の倒れる前もここにいたのだろうか。


春眠の湖底につながれた鎖  近 恵

孟浩然の詩句の印象が強いためか、春眠は朝の時間を連想させる。眠りが足りている時も、春の陽気の中で眠る心地よさに、なかなか寝床から離れられない。そんな眠りへの執着を、湖底につながれた鎖というイメージで伝える。これを容易に受け取ることができるのは、こちらが春眠を経験し、その感覚を知っているからだろう。


公魚か小さき鮎か聞いて来よ  西村麒麟

公魚は公という字の通り、昔は将軍へ献上する魚だったそうだ。だから形や大きさが似ているからといって、他の魚では代用できない。ただそれは昔の話。今の目で見れば公魚と小さき鮎は等価だ。その区別にこだわっている人物と、どちらか聞いて来いと言われた人物。それぞれを想像して楽しめばいい。


うぐひすを籠め温もれる紙コップ  野口る理

現実にはまずないだろう景だが、野外で偶然鶯を捕り、紙コップに入れたということも、可能性はゼロではない。狭いところに入れられた鶯はかわいそうだが、その鶯の体温によって温まる紙コップが生々しい。少々残酷さも感じる行為だが、それゆえ鶯の命が剝き出しに現れている。


鶏頭を突き抜けてくる電波たち  曾根 毅

電波たち、と戯画化・擬人化された電波が、鶏頭を通過してきたという。電波だから突き抜けるのは当然のことだが、イメージとしての鶏頭には、なかなか突き抜けられそうもない質感がある。鶏頭という言葉自体の面白さも利用し、この茶目っ気は作者の狙いなのだろう。この狙い、嫌味がなく許せる気がする。


少年を腰まで沈め海開き  山本たくや

人柱などといって、建造物を建てる時に生きている人を埋めて犠牲にし、神に祈ったことがあったそうだ。現代の感覚にはなじめないが、このような儀礼は古くから世界各地で行われてきたようである。この句の少年は海に沈められたわけではない。腰まで海水に浸かっただけだ。しかし、沈めという一語によって、少年を海へ沈めるという連想が生まれる。海開きの祈りを感じさせる句だ。


音響に設計図あり八重桜  仮屋賢一

音響は、いわゆる音楽によるものでもよし、環境音などの実用的な音によるものでもいいだろう。いずれにせよ、そこに現れる音や響きには、それらを作った作り手の意志がある。それを目に見える形にしたものが設計図ということになろう。八重桜の形態も自然の意志によるものか。こちらに設計図というものはない。


さくらさくら散りゆきサックスの中へ  木田智美

〈サックスの中へ散りゆくさくらかな〉とすれば調子が整い安定するが、この句の表現している性急さは失われてしまう。一句の主体は世界を初めて見た赤子のように、この世界に驚いている。落花がサックスの中に入る。


滑走路譲る機体や春の海  山下舞子

海が見える空港。または海上の埋立地に造られた空港か。春の海の光が滑走路に届いている。その光の中を機体がゆっくりと動く。滑走路を空けようとしているらしい。その滑走路を譲られた機体も見えているか。いずれにしても、のんびりと明るく春らしい景色だ。


第363号 2014年4月6日
川嶋一美 あゆむ 10句 ≫読む  
近 恵 桜さよなら 10句 ≫読む
第364号 2014年4月13日
西村麒麟 栃木 10句 ≫読む
野口る理 四月10句 ≫読む

第365号 2014年4月20日
曾根 毅 陰陽 10句 ≫読む
第366号 2014年4月27日 ふらここ・まるごとプロデュース号

山本たくや 少年 10句 ≫読む
仮屋賢一 手紙 10句 ≫読む
木田智美 さくら、散策 10句 ≫読む
山下舞子 桜 10句 ≫読む


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