2014-07-20

【週刊俳句時評87】 結社のこれからetc. (1)  「未来図」「鷹」「澤」「玉藻」4冊の記念号から 上田信治

【週刊俳句時評87】
結社のこれからetc. (1) 
「未来図」「鷹」「澤」「玉藻」4冊の記念号から

上田信治



今年、2014年夏、俳句界を代表するいくつかの結社誌の記念号が刊行されました。

「未来図」(鍵和田秞子主宰)30周年記念号、「鷹」(小川軽舟主宰)50周年記念号、「玉藻」(今号より星野高士が継承主宰)1000号記念号、「澤」(小澤實主宰)14周年記念号の4冊。いずれも質量ともにたいへんな充実でした。

駆け足になってしまうのですが、それぞれ紹介しつつ、俳句の現在のトレンド、あるいは、結社のこれからなどについて考えてみたいと思います。

1.

「未来図」30周年記念号(2014.5)には、記念座談会「俳句ー来し方行方」と題し、正木ゆう子本井英神野紗希鍵和田秞子主宰(司会・角谷昌子)の座談会が掲載されています。

非常に印象に残ったのは、「取合せ」についての話。

同誌1月号で、鍵和田が「最近の三、四十代の若い人たちが作っている俳句」「一物仕立て」が多く「すっと気がついたことをさっと詠んで、時間的にもとても速くて軽くて。あまり苦労もしてなくて。でも本質を得ているような写生でもない」(「主宰挨拶」)と発言していることについて。神野が、必ずしもそういう印象ではないと述べ、、正木、角谷も同調する。

鍵和田「一物仕立ての句、多くない?」正木「どうでしょう?」角谷「取り合わせも多いのでは?」鍵和田「季語そのものを詠んでいるのが目立つ」神野「(私は)取り合わせの方に馴染みがあります」神野「でも、解りやすくなっている、散文的な文脈で読めるのが多くなっているというのは解ります」角谷「『新撰21』などの若い人たちの句は半々のような気がします」(同号p.31)

これだけだと、鍵和田が何か勘違いをしていて、やりこめられたような印象ですが。

しかし、鍵和田の言うのは〈からつぽの空となりたる野分後 今橋眞理子〉〈見えさうな金木犀の香なりけり 津川絵理子〉〈さへづりのだんだん吾を容れにけり 石田郷子〉〈虫売の黙つて虫を鳴かせけり 明隅礼子〉〈てのひらをすべらせたたむ花衣 西宮舞〉〈小説になるかもしれぬ古日記 木暮陶句郎〉〈セーターを脱ぎてセーターあたたかし 斎藤朝比古〉〈しづけさを春の寒さと言ひにけり 高田正子〉〈不可能を辞書に加へて卒業す 佐藤郁良〉〈大切なもの見えてくる螢かな 名取里美〉といった句のことではないか。(引用は、『戦後生まれの俳人たち』作者自選句より)

違うかもしれませんが、自分はそう考えました。だから、三、四十代というより、四、五十代。

神野の言う「散文的文脈」は、これらの句が、文章語のような構文を持ち、そのまま普通文に置き換えられることに当てはまります(それ自体はもちろん悪いことではない)。

鍵和田「細部に目をつけて、一つのことにすっと気がついて、そこをすっと詠むような、そういう傾向がわりと多いように思えたのです」「解りやすさのみが優先するみたいなところがあるので、それでは困ると」「私が俳句を始めたのはその取り合わせによって、大きく深いことを詠めることに魅力を感じたからですね。草田男の「焼け跡」の句(※「焼跡に遺る三和土や手毬つく」)。物と物を取り合わせる。合わせてみると、戦後の絶望している大人の状況や、子どもたちに期待したい思いやら全体が、直感的に感じ取れた。凄い世界だなあ。これは短歌に負けないなと思ったのです。だから、一物仕立てで説明っぽくやってしまうと短歌には敵わない、絶対に」(同p.32)

この状況認識が、草田男の弟子である鍵和田から提出されることは、正当なことだと思われます。

短歌との優劣の話題を受けた、神野の発言もおもしろかった。

神野「多分それは「私性」のことだと思うのですが、俳句だと取り合わせをすると何か私という個人がしゃべった言葉というよりも、もう少し別の誰かが言ったこととか、別の誰かが見つけた何かという感じがあって、それは取り合わせに限らないと思うのですけれども。特に取り合わせの句だと、一人の人間が一人の言葉として喋っているというよりは、一つの真理として、そこに誰か、何か、よく解らないものの力が動いている気がします」「私を離れるということが俳句の重層性にもなるのかなと思いました」「取り合わせはやはり自分の外と出会うということかなと思う。自分の発想の中で組み合わせられるものの、外から来る「私だけではない何か」に出会う」(同)

神野が提出しているのは、関悦史が「俳句において表出される自己とは、現実に人生を送る個体としての自己を、その全てを相対化しうるメタレベルの自己が包摂しつつ、しかし個体性からも遊離しないという二重性の中で生成し続けるものなのだ」(「俳句の懐かしさ」「アナホリッシュ國文学 no.5」2013年12月刊)と書いたことと等しい、俳句の本質に近い論点です。

〈誰かものいへ声かぎり〉〈今も沖には未来あり〉といった言葉は、それが、かつて個人ではなく「誰か、何か、よく解らないもの」の声として現れたから、ご託に終わらない、詩性を持ちえた。

しかし、その方法は、現在どこまで有効なんだろうか、という疑問もわきます。

「取合せ」になっていれば、それが「別の誰か」を導入すると、今もまだ言えるのか。

人間探求派が、その命名以前は「難解派」と呼ばれていたことから分かるように、楸邨、草田男、波郷らのメソッドは、当時の読者に飛躍や驚きを強いるもので、そこに詩としての力があった。現在、人間探求派の代表句を「難解」であると感じる人は、いないでしょう。

方法それ自体は(写生も、ただごとも、二物衝撃も)、必ず、クリシェとなります。そして、それを賦活させるべく、個々の作家による試行が行われる。

結社は多くの場合、一つのメソッドを信奉する「派(スクール)」ですから、いかにそのメソッドをクリシェから救うかという、宿題を背負っています。そのことがどう実現されているかについて、「澤」の記念号の「五十歳以下の俳人二百二十人」というミニアンソロジーを作った経験から、検証できたらいいと考えています。

座談会では、本井英が「「取合せ」は行き詰まっているのではないですか」(同p.31)と述べています(氏の発言の主旨は、季題の本質が追究されていない、ということにありますが)。

筆者(上田)は、その「澤」7月号の、小澤主宰との対談で「取り合わせの手法が、ものすごく常識的で通俗的な感慨をそのまま俳句にすることを可能にしている面がある。これは俳句を「コピーライティング」に近づけます。小澤さんは、俳句がそんなレベルの共感で成立するものであってはいけないと思われませんか」という疑問を呈しました。

「取合せ」が、発話主体の二重化、あるいは無人称化を、必ず保証するということはありません。しかし、それが、神野の言う「誰か、何か、よく解らないものの力」「私だけではない何か」を、俳句に導入するゆえに有効なのだ、という観点は、正鵠を射ていると思います。

そして、その句が「一物仕立て」であれ「季題重視」であれ、もしそこに「誰か、何か、よく解らないものの力」が発生していないのであれば、俳句として何かが欠けている(上にあげた句がそうだとは、言いませんが)。

鍵和田が言いたかったのは、そこではないか、と思うのです。

(この項つづく)

≫(2)



追記 この「時評」でとりあげる予定の、「澤」7月号で、筆者(上田)は、「五十歳以下の俳人二百二十人」という、総覧的アンソロジーを制作したのですが、いくつか誤りが見つかっております。

「澤」9月号で、正誤表を掲載する予定ですが、誤りについてご指摘いただければ幸甚です。連絡はこちらへ。

現在ご指摘いただいた誤りは、

・相沢文子さんの生年(×昭和43年生まれ ○昭和49年生まれ)
・原知子さんの所属・略歴(×「六曜」「鬼」 ○「六曜」。略歴は原千代さんのものでした)

相沢文子さん、原知子さん、原千代さんには、たいへんご迷惑をおかけしました。この場をお借りしてお詫び申し上げます。

上田信治

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