3 線路 上田信治
てふてふや中の汚れて白い壺
春の日に見下ろす長い線路かな
霞みつつ岬はのびてあかるさよ
桜さく山をぼんやり山にゐる
ひよどりのゐる電線も花の中
餃子屋の夕日の窓に花惜しむ
鯉のぼりの影ながながと動きけり
かしはもち天気予報は雷雨とも
ゆふぞらの糸をのぼりて蜘蛛の肢
珈琲の粉がすずしい月あかり
ゆつくりと上れば月見草の土手
晩夏の蝶いろいろ一つづつ来るよ
朝顔のひらいて屋根のないところ
状差に秋の団扇があつて部屋
草を踏む犬のはだしも秋めくと
われもこう山の手前に雲のある
鵯のよく鳴くけふの今日限り
秋の薔薇行けばどこまで同じ町
つめたい手おほきな窓に紅葉山
雨樋を石蕗の花へとたどり見る
靴べらの握りが冬の犬の顔
北風の荒れてゐる日の水たまり
寒晴やテトラポッドの脚組み合ふ
ふくらはぎ伸すや日の照る冬の海
石に吹く風の聞こえるかぜぐすり
江ノ島のコップの水や麗らかに
クロッカス団地一棟いま無音
手に水の触れる速さに春の雪
さへづりの向かうに白い村の道
たふれゆく春の夕べのアロエベラ
仔猫野良あけがたなれば慕ひくる
そらまめや雨ふつてゐる窓ひとつ
栗の木が咲いてモルタル壁の家
犬を見るかしこい犬や夏の庭
蒲の穂の先からなほも伸びるもの
サルビヤの町に帽子の若い人
白布のうへ四つの同じ夏料理
冷蔵庫に西日のさしてゐたりけり
秋の山から蠅が来て部屋に入る
バスに見る川をうづめて葛の花
月今宵みづの出てゐる水飲み場
煙草買ふと云うて別れし良夜かな
あの山におほきな岩や紅葉づれる
鳥威なほして今日を終はる人
冷ゆる田と家具工場のありにけり
スケーターズワルツ丘から見る町は
地には霜やさしい人たちの自転車
網フェンスに絡みて枯れてそよ風よ
やすみなく暮れゆく空や毛の帽子
その年は二月に二回雪が降り
2014-11-02
落選展2014_3 線路 上田信治_テキスト
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1 comments:
かしはもち天気予報は雷雨とも
気候変動に見舞われた年である。日々の生活は変わらずのんきに続いていくと感じるのは人の常、大事には至らないだろうとなんとなく思っている。自 然はそんなことはおかまいなしである。
冷蔵庫に西日のさしてゐたりけり
なんということもない四畳半的光景。いわゆるぬーっとしたふてぶてしさの句のようだが、同時にそこはかとない不安感が絡みついている。人がいるの かいないのか。
煙草買ふと云うて別れし良夜かな
煙草買うは普通、別れの言葉にはならない。ちょっと買ってきてまた合流する時の言葉だ。しかし結果的にこれが別れになっている。なごやかな良夜に みえて、なにか歯車が狂ってしまった予感がある。
生活をそのまますとんと詠んだようでいながら、あるともないともいえないような微妙なところで異物感を残している。
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