2017-04-30

自由律俳句を読む 155 「橋本夢道」を読む〔3〕 畠 働猫


自由律俳句を読む 155
「橋本夢道」を読む3

畠 働猫


 体調不良と仕事の繁忙期が重なり、なかなか投稿できず、1月に始めた夢道句の鑑賞も4月末にようやく3回目となった。
 前回に引き続き、橋本夢道の句を鑑賞していく。



▽句集『無礼なる妻』(昭和29年)より【大正13年~昭和29年】

【二十代】

野菊咲き続く日あたりはある山路 橋本夢道
句集『無礼なる妻』の冒頭に置かれた句であり、「層雲」初掲載の句である。
なんと瑞々しく若々しい句であろうかと思う。
『無礼なる妻』には、二十代から四十代までの句が並べられている。
これにより、句集を通して私たちは夢道の人生を追体験することになる。
本来はそれぞれの句を独立して評価すべきと思う。
しかし、一度でもその人生に触れてしまえば、この句の若さ青さの向こうに、その後たどる数奇な運命が見えてしまう。
そうしてこの句が青年の希望に満ち溢れていることが、かえって読む者の哀れを誘うのである。



さんらんと光りに浴びせられ夜を働く者 同
のちにプロレタリア俳句の中心となっていく夢道の視点は、すでにこの最初期から労働者や貧しき者へ向けられていた。彼自身の境遇に照らせば当然のことであり、読むべき素材はいつも身近にある同じ労働者たちにあったということだろう。
荻原井泉水は、句の魂とは「光」と「力」であると主張した。
夢道にとってその「力」とは、こうした労働であり、「光」とは後述する「恋」であったのだろう。



柑樹色づく貧しき父母の許に帰る 同
肥料問屋に奉公していた頃の作である。
年に数日の休みを父母のもとで過ごすため帰る。
父も母も貧しいが、帰ることのできる喜びがあふれ出ている。
この句もまた若々しく(幼いとさえ言っていい)切ない。



野の虹を帰る 同
短律の句。夢道の句は長律の傾向があり、珍しいと言える。
「層雲」参加後の試行錯誤の中で生まれた句であろうか。
この試行が、のちの「うごけば、寒い」につながっていくのだろう。
この句自体は今見ると平凡ではある。



つる草花もつて工場が閉鎖している 同
雪のガード下で夜の熱いたべものすすらせている 同
これらも労働句と言えよう。
工場の閉鎖は不況や暗い世相を反映しており、ガード下の景は、その中で身を寄せ合って生きる労働者たち、あるいは家族を詠んでいるのだろう。



雪ふるつりがねのちんもく 同
夢道の句の中では異質に思う。
これも試行錯誤の中で生まれたものか。
「物に寄せて詠まねばならぬ」とでも言われたのだろうか。
興味もないのに眺めて作りましたとでもいう、熱のなさを感じる。



僕を恋うひとがいて雪に喇叭が遠くふかるる 同
ふたりに月がのぼり椎の花ちつている 同
恋のなやみもちメーデーの赤旗を見まもる 同
ふたつは桃くりやの水に浮かせてある 同
透明な温泉壺に沈みこませている裸形の恋人も 同
恋である。
「恋」こそが、夢道にとって、井泉水の言う「光」であった。
のちにその生涯の妻となる静子との出会い。
この恋と自身の明るさこそが、夢道の人生を美しく彩り、暗い悲しみから解放している。
夢道の奉公していた奥村商店では、自由恋愛が禁止されており、この静子との恋と結婚のために、夢道は同商店を解雇される。
人生を賭けた激しい恋であった。
特に「ふたつは桃」の句に、二人の若さ純粋な美しさ、身を寄せ合う喜びが謳歌されている。



泣くまいとたばこを一本吸う 同
死顔にもの云えば悲し死顔にもの云わず 同
父とすわり母も来てすわり話すでもない妹も来てすわり 同
これら三句には「弟の死」と添えられている。
対象を詠みこまないことでその喪失の大きさが表現されている。
悲しみに身を寄せ合って耐える家族の姿が、夜に点された煙草の火のように小さく儚く浮かび上がる。



すこし血に染つた言葉で人が人に検束されて行く 同
この集団が動くのだまつかな旗がつづくのだ 同
煙突の林立静かに煙をあげて戦争の起りそうな朝です 同
あつと云う間に死んだ電気工夫の賃銀や生活を誰も知ろうとしない 同
人間が人間にペコペコして組織のねえ俺達が搾取されどうしだ 同
人足の子だからかまわねえのか子供と子供とどこが違うんだえ、え、え 同
プロレタリア俳句群である。
これまで詠まれていた労働句は、あくまでも身の周りの状況を自然に詠んだものだった。
しかしこれらの句にははっきりとした怒りが表明されている。
この時期の栗林一石路らとの交流や活動の中で、夢道の中ではっきりとした思想が結実したのだろう。



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 今回は橋本夢道の二十代の句を鑑賞した。
 その特徴はなんといっても若々しさである。
 希望にあふれる若者の姿がそこにはある。
 この後、三十代、四十代と世相は戦争に向けてその影を深めていく。
 二十代におけるプロレタリア句にも見られる特徴として、おそらくは「実際に目にしたわけではないもの」が詠まれるということが挙げられる。
 労働者階級の句を詠むことは、夢道にとって必要なことであった。
その生活を、真実を伝えることが夢道の使命となったのだろう。
だからこそ、伝えるために自分自身では見ていない景も詠まれたのだ。
それらはただの想像ではなく、同士の経験や見聞に取材したものであったろう。
そしてそうした直接「見ていない」句は、「見えないはず」の句に発展していく。
銃口から覗き込んだ先や、戦場における車輌の動きなど、現在の映画やドキュメンタリーにおけるカメラワークのようにそれらは表現されていく。
こうした手法は夢道の句の大きな特徴と言っていいだろう。
そしてそうした自在に動く視点が、拘禁生活の中で拘束され制限される中で「うごけば、寒い」の句が生まれるのである。



 私の句友に藤井雪兎という俳人がいる。
彼は夢道同様に、映画のような手法をよく用いる。
そこには夢道の影響もあるのだろうと思う。
夢道の鑑賞が終わったら、今度は現代活躍中の俳人の作品を鑑賞していこうと思っている。
まずは彼、藤井雪兎の句を次々回より取り上げたい。



次回は、「橋本夢道」を読む〔4〕。

※句の表記については『鑑賞現代俳句全集 第三巻 自由律俳句の世界(立風書房,1980)』によった。


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