2017-08-20

俳句の自然 子規への遡行 58 橋本直

俳句の自然 子規への遡行 58

橋本 直
初出『若竹』2015年11月号 (一部改変がある)

これまで見てきたように、子規は、切れ字ごとの分類にあたり、基本的には切れの位置と品詞の接続によって分けているが、「ぞ」の次の「つ」は、

  妻や子の寝顔も見えつ薬喰   蕪村

など十一句で、数が少ないためひとまとまりしかない。掲載順では、その次に「や(第三句にあるもの)」と「す切」と続くが、さらにその後に「や」に関する分類が複数続くので、「や」をあとまわしにし、先に手短に「す切」に触れる。「す切」は十七句収集されているが、数が中途半端だったからか、その必要を感じなかったのか、下位分類はない。特徴的なのは、句中蕪村七句几董五句と師弟で十二句を占めていることである。蕪村句は「蕪村句集」から、几董は「井華」からの収集なので、意図して並べた訳ではないだろうが、興味深い傾向ではある。

さて、「や」についてである。先に述べたように、まず「や」が下五にあるものを二十三句収集している。そのうち二十一句が座五の切れの位置に「や」があるものである。例えば、

  女郎花すゞかけ投て妹背とや  梨水
  蚊帳の内に蛍放してアヽ楽や  蕪村
  洗足の盥も漏りて行春や    仝

など。現在の俳句における座五の切れ字の「や」の使い方は詠嘆の間投助詞が主流であり、本分類も基本同様であるが、一句目は「とや」で疑問・反語の用法を用いてあり、二句目は口語の台詞的に用いられているので、「切れ」としてはいささかゆるく感じられる。また、残りの二句は、

  大宮姫柳かざしてけふや雛   可因
  若竹や橋本の遊女ありやなし  蕪村

このように、途中に「や」が用いられている。一句目は「雛けふや」の倒置であり、二句目は「ありやなしや」の最後の「や」が省略された表現だが、これは「伊勢物語」の著名な歌「名にし負はばいざ言問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと」の第五句を踏まえたもので、後の「や」が省略されている形である。つまり疑問の終助詞の用法で、いわゆる切れ字の用法とは趣が異なる。子規が「や切」と呼ばずに分類したのは、これらの用法を含むものゆえと思われる。

その後、子規は「や=かな」「や=けり」のいわゆる二段切れを分類収集している。なかでも「や=かな」の春は句数が多く、さらに三つに分けられている。まず、「(春=天文)(地理)」は八句。例えば

  盬がまや烟をたゝぬ霞哉    紹巴
  住の江や人のみちくる汐干哉  宗房
  富士のねや雪の上なき霞哉   宗因

など。一句目は「盬がま」が地理、「霞」が天文となる。「六条道場にて」と前書。「六条道場」は、源融の河原院の旧跡に建てられた歓喜光寺の異名。河原院には、わざわざ大阪湾から海水を運び込み、陸奥の塩釜を再現していたと伝えられる。紹巴は戦国時代の連歌師であるから、当然その時代には河原院はなく、歓喜光寺も応仁の乱で移転した後のことであるから、そのいずれもがない無常の様を「烟をたゝぬ霞」の中に込めていることになろう。前書に関する教養がなければ、句の風情も「盬がま」が地名であるということも分かりにくい句である。二句目の「住の江」は現在の大阪市住吉区にあたる地名。江戸期に埋め立てられる以前は海岸があった。百人一首の藤原敏行の歌「住の江の岸による波よるさへや夢のかよひ路人目よくらむ」は広く知られていよう。古より貴人も海に遊んだ景勝の地ゆえ、「滑稽雑談」には古俳書には住吉の潮干のみ春の季とされていたとある。とはいえ「汐干」は天文の季語ではない。(春=天文)とある分類で、その他の句の季語はすべて霞、春の雪、春の月のいずれかなのでこの句のみがおかしいことになるが、子規の誤りか他に理由があるかははっきりしない。

次に「(春)天文地理木ナシ」十二句。これは天文も地理も木もない、という意味ではなく、天文か地理で分類してある句で木がないもの、ということのようである。例えば、


  あだし野や身をつみかへる菫哉 宗牧
  元日やはづかしさうな礼者哉  楽水
  陽炎や羽を打つ蝶の長閑哉   乙序

一句目は「あだし野」が地理だが季語は「菫」で天文はない。

二句目の「元日」は時候だが、ここでは天文と含めて見ているのであろう。地理はない。
三句目は「陽炎」が天文で地理はない。このように、十二句いずれも時候を含む天文か地理が詠み込まれ、いずれも「木」は詠み込まれていない。

 次に「(春=天文)(地理)(木)」七句。これも天文の春の季語があるとは限らない。例えば、

  桜戸やとふもいさよふ山路哉  肖柏
  道灌や花は其よを嵐哉     嵐蘭
  小泊瀬や眼鏡も余所の霞哉   梅翁

一句目は木が「桜」、地理は「山路」、季語は「桜戸」になり人事。二句目は木が桜(「花」)、地理が「道灌(山)」、季語は「花」、三句目の「小泊瀬」は地名で、奈良の「初瀬」のことであろう。この句のみ木がないが、小泊瀬が長谷寺を指すなら、『源氏物語』「玉鬘」の場面から「杉」を暗示するか。「眼鏡も余所の」という措辞に滑稽味があろう。

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