2018-01-21

〔名歌にしたい無名歌〕冷たい古郷への悪口も気の薬になる怒りの一茶坊 robin d. gill(敬愚)

名歌にしたい無名歌〕
冷たい古郷への悪口も気の薬になる怒りの一茶坊

robin d. gill(敬愚)


書物も残らず棒にふる郷の人の紙魚/\憎き面哉  一茶

How they do bug me!(奴らなんと五月蝿い)

All books must go: that is their wish –
in my hometown, capital to silverfish!

芭蕉の蛙の数や飛び込む水の音の数を論じながら著名句を見直す韓国の随筆家の李御寧の単行本の中に、一茶の真夏の赤い風車の句も取り上げるが、問題は作句の状況を知った上で読んだ方が良いか悪いか。風車は、亡くなった間もない愛娘のさと女の玩具という解釈を読んだ李氏にとって、句の鑑賞は台無しになった、と。余計な情報は、すなおに言葉あるいは写生を自分の心で感じる邪魔になる。せっかくの佳句は汚染されてしまう。小生は氏と反対に報に受けた情が湧いてこそ、草から上る熱も、真っ赤の紙も風車の回る音も鈍くなるどころがしみじみと感じるが、上記の一茶の怒りの狂歌の場合、一茶全集にある編集者の「注」を見た前に読んだ方が有難いと思う。新しい虫眼鏡を買うまで数年間も微細文字の注を見過ごして、大意(?)ばかりご馳走できたのも幸運だった。本当は、何年ぶりに古里へ戻った文化十年に、一茶が次町長に預けたお父さんの遺産に関する書類が「害失」された事を知って詠んだようです。何年後(文政六)の日記に一茶は「我みだのゆづりの状をくひ裂て世を故郷の人は鬼ぞも」と詠んだ。弥陀<対>鬼と悔ひ=喰ひも悪くないが、棒にふる郷に紙魚の形容詞化の傑作に比べて、凡作の狂歌でしかない。最初の首、後なる首の情報と傑作の紙魚を狂訳に合わせたら、こうなる:

Papa’s deeds, saved for me, the fruit of his hard labor –
Gone!  My hometown’s motto? “Silverfish thy neighbor!”

我がSilverfish thy neighbor! 聖書っぽい調子を疑う読者のために言っておくが、一茶の鄙ぶりらしい掛詞は、古典和歌にも遡る。1312年の『玉葉集』にも、斎宮女の「嘆きつつ雨も泪もふるさとの葎の門のいてかたきかな」とか高倉の「ゆきて見む今は春雨ふるさとに花の紐とくころもきにけり」という「ふる+さと」の掛詞は、借り物かも。「しみじみ」の紙魚は、もう少し格別だったが、檀王法林寺本の俳諧連歌に「さらなる魚そあまり小さき何事もいハし/\とおもへとも」という名詞の動詞化(鰯=言わじ)もあったが、文化十年の方を名歌にしたくても、文政六の方を参考にしかしたくもない、理由は、何よりも前者が書物を守りたい多くの読者にアピールする一般的な応用があり、後者が故親の残した譲り文という細か過ぎる内容からであろう。断って置くが、古狂歌通だったら、怒りの名歌ある。中世の女帝が屋敷の拡大のため、定家の舎弟で狂歌師の原型になる暁月坊(1328没)の庭をかっぱらたら、彼は狂歌の傑作で仇を撃った:


女院の御まへの広くなる事は暁月坊がしぢの入る故  暁月坊

The Queen stole Her front garden lay from the wrong bard;
Kyôgetsu left Her Highness too wide to take another yard!

御前は庭=女陰で私地は指似=男根。ラテン語短詩家Martialを思わせる猥褻ながら、江戸初期の何冊の狂歌本にも転載された。一方、一茶の傑作は拙著以外には転載されていない。それが、1)日本の学者や小説家(田辺聖子の『ひねくれた一茶』にもない)には、一茶全集を完読する暇もないからか、2)己が心を慰める為に詠まねば、怒りは憤慨に、憤慨は恨みに、恨みは病に成りかねないし、笑いの草も含む悪口は、他の狂歌と同様に気の薬になると気づかないで、これを諧謔と見なしがちからか、3)俳句を求むと狂歌は無用か、痩せ蛙と手足をする蝿の友一茶の一面しか喜べないからか。ご意見を聞きたい。読者が百K以上の新聞・雑誌・ブログにこれよりも数倍も長い記事を載せたい。

PS 狂歌は、気、否や季にしないが、紙魚は夏季語を、秋の寒さを嘆いた句の中に見つけた。一茶が義母の冷たい待遇のために自然現象までも寒さを毛嫌いだったと、本人はどこかで記したから、これを遠慮なく「大寒」の節に投稿します。


  

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