2018-04-01

2017落選展を読む  6.7.「片岡義順 舞うて舞うて舞うて町まで枯一葉」(その1)(その2)

2017落選展を読む 
6.7.「片岡義順 舞うて舞うて舞うて町まで枯一葉(その1)(その2)

上田信治

片岡義順 「舞うて舞うて舞うて町まで枯一葉(その1)(その2)」 ≫読む


明日もまた地球転がせ四月馬鹿

この百句、たぶん一気呵成に書かれたものではないか。発想の飛躍と(それとムジュンするようだけれど)その撞着に、自動書記的なルーズさを感じる。

五七五を、前から順番に書いているふうでもある。

「明日もまた」(日はまた昇る)「地球転がせ」(とか大きなことを、言っちゃって)「四月馬鹿」という具合に。

百句の中では、こういう無責任な書きぶりが楽しげな句が、目にとまった。

ホッチキス散歩に出よう天高し

ホッチキスを残して、外へ出たまではよかった。「天高し」は、状況説明にしかならないけれど。

もの言わぬ牛はキリスト花吹雪

シンボリックな意味の強い羊が、牛にすりかわる、という面白さがある。「もの言わぬ」は言わずもがなで惜しいけれど、「はなのすきなうし」という絵本を思い出させて、好感が持てた。

2017角川俳句賞「落選展」

4 comments:

匿名 さんのコメント...

わざわざのご批評ありがとうございます・・率直な感想を述べます・・(1)と(2)はいわゆる“軽いものと“重いもの”とに分けた・・私の狙いはもちろん(2)にあった・・言わば“軽い”(1)は、私の“余興”“アソビ”・・「重いものをより重く見せる」ための仕掛け?だったのだが(笑)・

 100句の多くを披露した・・にもかかわらず、一句一句重箱の隅をほじくるような評は私は好まない・・作品を矮小化するもので無意味、非生産的だ・・100句全体として捉える事は出来ないものか・・作品は、時代と生きた人間の精神の産出物だ・・それらを語らない評論は皮相、お門違い・・

 「物言わぬ牛はキリスト花吹雪」・・念頭にあったのは漱石の「秋風や屠られに行く牛の尻」・・羊は端から頭にない・・
 人のために死んでくれる牛・・は、沈黙のまま十字架を背負って刑場へゆくキリストそのものではないか・・その時群衆は彼にどのような言葉を投げたのか私は知らない・・しかし私なら彼を花吹雪をもって迎え、見送ったであろう・・
 「落選展」を語れば、どこかに悔しさが伴う・・まあ、しゃーないか!(苦笑)・・お気を害したようでしたらごめんやす!(低頭)

匿名 さんのコメント...

わざわざのご批評ありがとうございます・・率直な感想を述べます・・(1)と(2)はいわゆる“軽いものと“重いもの”とに分けた・・私の狙いはもちろん(2)にあった・・言わば“軽い”(1)は、私の“余興”“アソビ”・・「重いものをより重く見せる」ための仕掛け?だったのだが(笑)・

 100句の多くを披露した・・にもかかわらず、一句一句重箱の隅をほじくるような評は私は好まない・・作品を矮小化するもので無意味、非生産的だ・・100句全体として捉える事は出来ないものか・・作品は、時代と生きた人間の精神の産出物だ・・それらを語らない評論は皮相、お門違い・・

 「物言わぬ牛はキリスト花吹雪」・・念頭にあったのは漱石の「秋風や屠られに行く牛の尻」・・羊は端から頭にない・・
 人のために死んでくれる牛・・は、沈黙のまま十字架を背負って刑場へゆくキリストそのものではないか・・その時群衆は彼にどのような言葉を投げたのか私は知らない・・しかし私なら彼を花吹雪をもって迎え、見送ったであろう・・
 「落選展」を語れば、どこかに悔しさが伴う・・まあ、しゃーないか!(苦笑)・・お気を害したようでしたらごめんやす!(低頭)
片岡 義順

秋山白兎 さんのコメント...

現代俳句協会所属の秋山白兎と申します。馬場古戸暢さんと「草原」でご一緒で「鉄塊」を読んでおりましたので畠働猫さんのお名前も存じておりました。
今回、山頭火の幼児性という話題で論争になり週刊俳句の2015-09-06の記事の一部を引用させていただきました。山頭火の幼児性に言及した部分です。
事後申請となりましたがどうかご寛恕いただきたくぞんじます。

匿名 さんのコメント...

上田氏へ・・「私の“呻吟”が聞こえませんか?」・・
 「この百句、たぶん一気呵成に書かれたものではないか・・」
 一気呵成に書いたものではない・・この2年間、コツコツ積み上げた私の集大成です・・私の「魂」と「知性と精神性」のすべてを込めた(巧拙美醜はともかく)・・一句一句、夜な夜な苦しむ私の“呻吟”が聞こえませんか?(苦笑)・・
  「自動書記的なルーズさを感じる・・」?意味不明?理解不可!・・
 俳人は言葉に鋭敏でありたい・・「一気呵成の自動書記」が生んだものか?
一夜一夜小さな頭脳から絞り出したものか?・・峻別できる感性が欲しい・・
 私は俳句の575に接したら瞬時に、その作者の風貌、生まれ育ち、資質素養のすべてを頭に描く事ができる・・良質な俳句ほどそれは容易だ・・
 「言葉」とは元来、言霊、霊(若手俳句にはこの霊がない)・・その霊と交信出来る感性をお持ちか?・・芭蕉の名句575は、言霊そのものである・・世にいう名句にはすべて「言霊」が宿っている(自分の句ではない、念のために・苦笑)
「明日もまた地球転がせ四月馬鹿」
<自句自解>
地球を転がした最大の悪人ヒットラーがいる・・北朝鮮の某も然り・・だから大馬鹿と罵った
 今や「日本的霊性」が、あらゆる分野で失われようとしている・・グローヴァリズムという“変な幽霊”が日本を徘徊しているからだ・・あの応挙の幽霊が懐かしい(超美人揃い!)・・“金髪の幽霊”など真っ平ご免だ(笑)・・
片岡 義順