2018-08-26

【週俳7月の俳句を読む】替えのきかない 樫本由貴

【週俳7月の俳句を読む】
替えのきかない

樫本由貴


どうしても書き留めておかねばならぬことがある。これが俳句にとって正解なのだろうかと思い悩みながら、とはいっても今の一番の力で書き留めておきたいことが。そういうことにこの人も出会ったのだなという句を読むとき、今読んでいる作品の先を思って嬉しくなるのだ。

梅雨おんな闇の国から踊りでて    加藤知子

闇の国という幻想の世界から踊りでるおんなを梅雨の国が受け止める。下五から上五へ戻る循環の形をとる構成が、雨の、そして光と闇(あるいは昼夜)の巡りを思わせる。そういった静かで動かない理から踊りでるおんなの躍動感は、痛々しささえ孕む。

街じゅうに犬のしっぽの林立す    同

加藤さんの連作には「梅雨おんな」やその次の句の〈湯浴みの時間蜘蛛たれさがる時間〉にみられるような、どちらかといえば抑制された雰囲気がある。掲句はその雰囲気を崩すように突然現れるのだ。「林立す」と言い切ったお手柄を喜びたい。なんとほのぼのとした街であろう。「おんな」が踏み出す梅雨の街と同じとは思えない。


燕子花天のごとくに和紙破れて 
   紆夜曲雪

天が破れるように和紙が破れる、とは少し変な言い方だ。天が破れるとは? しかし燕子花の季語と和紙というモチーフによって尾形光琳の屏風絵が思われ、その具体的な美しさを天と見立てたなら、「天のごとくに」破れるという絢爛な破滅は読者に納得される。比喩の配置、季語の斡旋と、要素が多いように見えてきちんと図られている一句とみた。

すれちがふたびにほたるとなりにける    同

これも不可思議な一句。ほたるとなるのは主体であるのだろうが、同時にすれ違う何かもまた「ほたるとな」るのだ。一句の中に景色として収められてはいないが、蛍の飛び交う幻想的空間だからこそこの恍惚とした思いに至る。例えばかげろうでは感傷的すぎる。平仮名で書かれていることがその恍惚をぬかりなく書いていると感じる。


けものらに乳房ある繪圖柏餅    吉田竜宇

絵そのものの緻密な描写、それに気づく観察眼。構成自体は取り合わせの単純なものであるが、普段は性器を露わにしない獣らの秘所を留めた絵への感服がみえる。柏餅という季語によって、この絵が飾られているのが田舎の大きな家ではないかと想像される。この豊かな空間の持たせ方がなんとも言えない。


よたよたとみんな大人や夏の家    西村麒麟

夏とは人が集う季節だ。集うのは元気いっぱいの子供や若者だけではない。若者ともいえぬ年齢となり、たとえよたよたであろうと、しきたりに従って集う。全くつまらないけれども、一歩離れて営みを眺めると、突き放すほどのものではない気がしてしまう。こういう幸福は泣けてさえくるほどに稀有だ。あっさりと、何の重みも持たせない書きぶりが好ましい。


親友が独身になる風薫る    紀本直美

主体の立場の曖昧さ。読者が句の内容に「では主体は?」と思ってしまうとき、それをどうそらすかは一つ書き手の楽しむところだろう。この一句、絶妙である。主体の姿が見えそうで見えない引きが、あくまで友人を眺めることに徹する様子を感じさせる。季語が「風薫る」であるので、なにかしら爽やかな、プラスのイメージがあることは間違いないのであるが、それ以上を読むのは野暮に思う。


展示せる臼歯に触れてパナマ帽    金山桜子

この涼しさ! 次の〈マンモスの肋くぐりて涼しさよ〉と合わせて楽しみたい。展示品の臼歯は冷房に冷やされて心地よいのであろう。リノリウムなどとは異なる骨の滑らかさ、すずやかさ。パナマ帽の人の観察であるが、その実、自身の強い実感の投影なのだ。

汗の子のかうべ重たく梳る    同

梳ると書いてあるものの、「重たく」とあるので、頭ごと抱くしぐさなのであろう。切字は使われていないが、「汗の子の」「重たく」と噛みしめるようなリズムだ。もしかしたら「重たく」と言わずともそれと伝わる表現はあったかもしれないが、汗の子の、びしょぬれになった髪を抱いたときの実感があふれている。


夏燕どこへ行くにも自転車で    秋月祐一

夏燕と置くと、きりっとした景色でまるでCMの風景のようだ。燕と同じ速度で「どこへ行くにも」、つまりどこへでも行ける青春性。下五で流す構成から、果てしのなさも感じられる。

柿若葉ひげも剃らずに会ひにきて    同

だらしなさに呆れつつ、許しつつ。柿若葉という飾らない季語のある風景が好ましい。「ひげも剃らずに」とあれば男性で、それなりに成長していることが分かる。立派な成人男性となっても身だしなみを整えずに会いに来れる、そういう間柄といえば、筆者には親類くらいまでしか思い当たらない。一句のなかに恋や愛とは異なった親しみがしっかりと内包されているのは、季語のお手柄だ。


加藤知子 花はどこへ 10句 読む
紆夜曲雪 Snail's House 10句 読む
吉田竜宇 炎上譚 読む
西村麒麟 秋田 10句 読む
紀本直美 夕立が降るから 10句 読む  
金山桜子 藍を着て 10句 読む
秋月祐一 はつなつの 10句 読む



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