2008-11-23

俳句つながり 流れやまざる川 ~境野大波さんのこと 川島葵

〔俳句つながり雪我狂流→村田篠→茅根知子→仁平勝→細谷喨々→中西夕紀→岩淵喜代子→麻里伊→ふけとしこ→榎本享→対中いずみ川島葵→境野大波

流れやまざる川 ~境野大波さんのこと

川島 葵


境野大波さんは国立大学出身、演劇部で、某有名マスコミの社会部の記者出身、絵はうまいわ、詩は書くわ、一昨年出版された「一羽」は「折々のうた」に取り上げられ、何故一人でこう何もかもこなせるのか、悔しいほど多才なかたである。みなさま大波さんのことは私が書くまでもなくご存知なのですが改めて書くと、「折々のうた」に掲載された句は、

 奈落より灯の洩るる秋狂言

古典芸術にも詳しい大波さんらしい句だが、大波さんは奥様のこなみさんも短歌と俳句を作っておられて、〈惚けたる明治の叔母が夕べには英語で歌ふきらきら星を〉が、「折々のうた」に取り上げられた。こなみさんは学生の頃、今話題のフェンシングもされており、本当に多才同士の似合いのご夫婦なのであった。「一羽」はそのこなみさんを亡くされたあと編んだ句集であり、読む人々の胸にも万感が込み上げてくる。

全然気取らないかただから一緒に吟行していると、ウエイトレスやボーイをすぐにいじって、たちまち愛想よくさせてしまう名人でもある。子供は魔法にかかったように吸い寄せられるらしい。大波さんの温かいオーラは「何とかの泉」ではないけれど、きっと、黄金色、である。

さらに「一羽」より。
  
 ふるさとの小山のやうな春炬燵
 つくづく惜しつくづく惜しと啼きにけり
 三伏の日陰にうつす胡蝶蘭
 佛壇の汚れやすくて冬隣
 探梅や築地の端の濡れかかり
 いや青き露草の野に入りゆけり

うたいあげる、という技術を自然と身につけている人だと思う。詩人でもあるからかもしれない。俳句って韻文なのだと、これらの句を読んで今さら思う。「いや青き」の句がとりわけ好きである、能の一場面のようで。いや青き・・・自分には言えない言葉だ。

以下は一昨年大波さんが創刊した「大(ひろ)」より。

 啼き交はしつつ枯芝の上低く
 紅葉鮒釣りに下りたる岩根かな
 元日の流れやまざる川を見に
 窓あれば窓に吸ひつく雨桜
 山国に霧の這ひ寄る星祭
 七回忌あすに控へて合歓の蝶
 盆花の貧しき束を供へけり

いいかげんな写生に対して句会で苦言を呈することがあり、長い時の経過などを詠むのは俳句ではないと叱ることもある。大波さんの、当然のことができた写生、プラス堅さのない詩情や切なさや情感が好きである。

俳誌「椋」より。

 捨苗にすぐ萍の寄りて来し
 雛の宿波に揉まれし魚ばかり
 討入の日の裏口の藪に風
 疾く流れ疾く流れ去り根無草

「雛の宿」は伊豆吟行の時の句だが、吟行から戻ってやれやれと私などはカワハギの刺身を狙っているだけだったのだが、刺身を見ていつのまにかこんな良い句を作っているのであった。「疾く流れ」は、根無草だから上五で切れることが効いておりリフレインが生きてくる。何気なくうまいから切ない。こういう句をささっと作ることに脱帽する。

人柄を反映したユーモアのある句もある。「一羽」の

 梅雨蝶やデヴィッドの墓ジョンの墓

ユーモアのある句は、普段の大波さんらしい。以下は初句集「赤子」から二句。最初の句は「増殖する歳時記」と『日本の四季 旬の一句』(講談社)所載となった。

 庶務部より経理部へゆく油虫
 水洟やあなた垂らせばわたくしも

この度「告知」という詩集も出版され、絵の個展も開き、ジャズにもクラシックにも詳しく、新旧の映画も見尽くしている驚くべき好奇心の大波さんは、アクセス数が膨大なブログも開いています。「大波俳諧雑貨店」は一日一句を詠みながらも、俳句とは関係ない博識雑談で満ちており、最近は綾瀬はるかちゃんが好きなようです。実はアイドルのことがもっとも詳しい、かも・・・。


2 comments:

匿名 さんのコメント...

『俳壇』2007年9月号の「今月の新主宰」の大波さんの小作品集「小合溜」の自己紹介と全七句が大好きで、机の前に張ってあります。

【私には、のっけから虚を詠む才能はない。目にしたもの、耳にしたものを、そのまま言葉にするだけの平凡な句作が身上である。従って、言葉が古びないよう磨き続けること、老いてなお心の鮮度を失わずにいること、それだけを常に怠らないよう心がけている。】

  捨小舟犇きあへる皐月雨
  青鷺の佇ちて葛飾小合溜
  釣人の後ろ過ぎゆく梅雨の鳥
  鯵刺の水面の影を攫み飛ぶ
  濁り江に雨つぶ荒く花浅沙
  睡蓮の隙間の闇をざぶと跳ね
  水郷や遠見の百合のほの白き

chobi さんのコメント...

風を嗅ぐ馬しか、です。ナウシカならまだしも。葛飾の句は、ざぶ、とか、遠見がほの白いっていう言い方が、虚ではなく、でも写生を超えたものを感じます。言葉に敏感でも、言葉で作っていない写生、うまいなあと思います。