2009-12-20

〔俳句つながり〕詩人の魂 山田真砂年

〔俳句つながり〕
雪我狂流→村田篠→茅根知子→仁平勝→細谷喨々→中西夕紀→岩淵喜代子→麻里伊→ふけとしこ→榎本享→対中いずみ→川島葵→境野大波→菊田一平→山田真砂年→土肥あき子


詩人の魂~土肥あき子さんへ

山田真砂年



      水温む鯨が海を選んだ日  土肥あき子

この句により、土肥あき子さんは「鯨のあき子」と二つ名をもらったようです。女性としては少々誤解を招きそうな二つ名ですが、池西言水が「木枯の果てはありけり海の音」から「木枯の言水」といわれたように、自作を二つ名にして貰えるのは俳人として名誉だと思います。

土肥あき子さんと親しく話をさせてもらうようになったのは、平成19年「俳句朝日」の「足して千歳 琵琶湖吟行」からだったと思います。その吟行は総勢14名で1000歳、単純に平均をとれば71.4歳だから、当然、土肥あき子さんは最年少で、すらりとした美しい女性でした。

その琵琶湖吟行の句は、

金風や仰向きて喉さらしたる  
湖の月乱してをりぬ真夜の櫂
 
一面の露に続きし淡海かな
 
郵袋が積み荷のはじめ島の秋
 
石蹴りの石を大事に柿日和
 
霊山に抱かれ五指は魚の冷え
 
水澄みて魚板の腹に打ちどころ
 
雁渡るひとすぢ芭蕉の墓に罅


これらの句から、詩的感性の煌めきと視線の鋭さに、土肥あき子さんの詩人としての資質を確信しました。

その後、超結社句会や吟行でご一緒させていただき、いろいろお話しを通して、その確信をさらに高めたのは、会話における多彩な表現です。

「迷子の子供のやうに不安」「内蔵が抜け出たような身軽さ」「暗闇で泣く子供の心細さ」「砂漠を忘れたランボー」こんな言葉がぽんぽんと出てくる会話は楽しい。

そんな詩人の目は、他人に見えないものが見えてしまうようです。

夜のぶらんこ都がひとつ足の下                 

第二句集「夜のぶらんこ」の巻頭に置かれた句です。少し高みにある公園のブランコでしょうか。思い切り漕ぐと足下に東京の夜景が見えたのです。これだけで十分美しく、ロマンチックな佳句です。しかし詩人土肥あき子さんが読者に示唆するのは、ブランコに揺られている浮遊感、空間に放り出されるような魂の浮遊感から時空を越えた世界、例えば二位の尼前が幼い安徳天皇を抱いて「波の下にも都がさぶらふぞ」と入水した世界のような異次元の世界だと思いました。
 
他にも、

逃げ水を詰めて駱駝に瘤ふたつ                 
一面の干潟に千の息づかひ
                 

また、

善悪のときにさかしま青葉木菟(あおばづく)                 
桐箱に収めメロンも臍の緒も
                 

この世の中、善も悪も見方によっては逆転してしまう。青葉木菟の首がくるりと180度回転するように。詩人土肥あき子さんにとって、善悪も聖俗も正気狂気も表裏一体なのです。

まだ少し正気の残る鵙(もず)の贄(にへ)                 

まだわずかに残っている生命を「正気の残る」とは並みの感性ではとても言えません。凄味のある写生だとつくづく感心させられます。

あちらからどつと来ました渡り鳥                 

いきなり本質を読者の眼前に突きつけるのも詩人らしいところです。北からでも南からでもなく、「あちらから」それも「どっと」渡ってくる鳥たちを捉えたのは感性です。

にんげんの身体に折目涼新た                 
 
こう言われると人間という生物の不可思議さがますます増大してきます。

流燈のゆく紐といてゆくやうに                 
いけにへのごと
羅(うすもの)を闇に置く                 
半分は父の血である髪洗ふ                 

飾売り間の空けばまた寄せて売る                 

行く春や「燃えるゴミ」としての机                 

守宮鳴く夜景のどれも働く灯                 

ぐつたりと引きあげられし水中花                 

長寿てふひとりぼつちの昼寝覚                 

忘れ物のやうなる項(うなじ)冬隣                 
熱帯魚水に包んで持ち帰る                 

糸通すために呼ばるる夏座敷                 

生も死も白布に抱かれ星月夜
                 

土肥あき子さんは、私にとって俳人と言うより詩人として位置づけたい人です。
 
さらに、そんな土肥あき子さんのもう一つの素晴らしさは、「ツール・ド・フランス」を始めとする自転車ロードレースの話をできることです。俳壇広しといえども、スキンヘッドにバンダナを巻いて、アルプスの急坂を蝶のようにひらひらと自転車を左右に振りながら、並み居る強豪を尻目にぐんぐんとスピードアップして上っていったマルコ・パンターニの話ができるのは土肥あき子さんのほか知りません。

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