2010-07-04

商店街放浪記33 大阪 佃島 〔前篇〕

商店街放浪記33
大阪 佃島〔前篇〕

小池康生


路地裏荒縄会である。
今回のコーディネーターはペーパーさん。
この人、歴史的建造物の設計図を手に入れ、その寸分違わぬ縮小版の紙の模型、つまり建築物のペーパークラフトを造りあげる人である。

腕前はプロだが、それが職業ではない。
職業はよく知らないが、いかがわしい会社で大儲けしているようだ(嘘)。

ペーパーさんは、街歩きのツウなので、難コースを設定する。
だから毎回遭難者が出て、ヘリコプターが飛んだりする。
説明しなくていいと思うが、これも嘘である。

たかが、街歩きである。
しかし、四十面、五十面さげた人間が本気で歩くのである。
飯を食うように水を飲むように尻を触るように、街を歩くのだ。

で、今回はどこへ行のだろう。

俳人である筆ペンさんが、ゲストを連れてくるらしい。
わたしのところにも複数の参加希望者から声が掛っているのだが、次回、自分が幹事の時に案内しようと思っている。

ペーパーさんからのメールには、<北新地駅>集合とあった。
東京でいえば銀座である。ペーパーさんの会社に近い。

約束の時間ぎりぎりセーフの時間に待ち合わせ場所に行くと、赤レンガさんが券売機の横に腰掛けていた。

時間前に来たのは、赤レンガさんとわたしだけなので、赤レンガさんが得意気だ。
「もう、時間やね。どうして業界人は約束にええ加減なんやろうか。・・・へへへ、先、来た時は強気にこんなこと言うたりして」

赤レンガさんが、少し離れたところに立つ女性を指さす。
「あの人が、気になってるの。今回のゲストかな」
「えっ?ゲストって女性?」
「小池さん、メールちゃんと読んでないでしょう」
「女性と、書いてましたか。あぁ、読んでない」
修行僧のような筆ペンさんだから、知人友人と言えど男性と勝手に解釈していたのだろうか。へーっ、女性なんだ。

そんなやりとりをしている途中に、件の女性の元に、待ち合わせ相手の女性が近づき、どこかへ去った。
「違ってたんだね。声かけなくてよかった」
赤レンガさん、新しいゲストに興味があるのか、新しいゲストが女性であることが気になるのか・・・そうこうするうちに、ペーパーさん、筆ペンさん、九条DXが揃ってやってくる。みなさん、背筋を伸ばして遅刻である。

「切符は、御幣島まで買ってください」
「えっ、北新地じゃなかったの?」
「違いますよ」

東西線に乗るらしい。北新地をうろうろするんじゃなかったのだ。
赤レンガさんもわたしも、花の北新地がテーマだと思っていた。
北新地を商店街と捉えるところが実に面白いなぁと思っていたのだが、違いました。あーそうですか。違いましたか。あー分かりましたよ。ミテジマまで買いますよ。

北新地駅の、地の底までたどりつくような、深い階段を下りる。
これだけ掘れば井戸が出るか、温泉が湧くのではないか。

下りても下りてもホームつかない。
長い。しんどい。誰かが背中を押すと、それでお陀仏になるような階段だ。
ナントカ恐怖症の人は、この階段の途中で立ちすくむかもいしれない。
都会はおそろしいとこである。


ホームで電車待ちの間、ペーパーさんから今回レジュメを配られる。
ホッチキスで綴じられている。だんだん本格的になっていく。
授業か、これは。

北新地⇒福島⇒野田⇒海老江⇒御幣島と地底電車は走る。

御幣島。
真新しいホームの壁に、船の絵が印象的。
ここいら辺は、その昔、難波八十島(なにわやそじま)が点在したところである。

地上にあがると、方角がさっぱり分からない。
「北はどっちですか?」
全員が地図を見たり、空を見て、夕日の方向を確かめたりする。
九条DXに至っては、唾をつけた指を風にかざしている。
・・・・協議の末、西が決まり、北が決まる。
近くを通るひとたちがヘンな目がわたしたちを見ている。

ペーパーさんの案内で歩きだす。
目的地は、佃島である。
佃煮の佃島である。
東京にもあるし、大阪にもある。
ご存知の方も多いと思うが、佃島は大阪が本家で、その本家の面々が徳川家康に招かれ、江戸にも佃島を作ったのだ。

ペーパーさんは、すぐに目的地に行かない。
A地点からBの目的地を歩くプランをする人だ。
周辺の匂いもかがせたいのだろう。

すぐに交差点に出る。
五叉路である。信号があるにはあるがややこしい。
地下に潜る。地下に下りると、そこも五叉路である。

地図に上がり、公園を歩く。縦長に長い公園で、ジョギングコースになっているらしく、ランナーとすれ違う。
うねうねと道が続く。
「ここ、昔、川だったんです」
ペーパーさんが言う。そこか、わたしたちはかつての川底を歩いているのだ。

大阪の川がどれだけ埋め立てられたか。
この川もそのひとつだ。
わたしたちは、なんの観光コースもなく、ビューポイントもなく、おもしろおかしい店もなく、トラックの走る産業を歩く
ただ、全員の頭のなかには、今はなき、難波八十島の頃の干潟や点在する小島を想像しながら、すぐそこの海に沈んでいく夕日をみながら、歩いた。

廃版の海図に包むあやめぐさ  康生

                           (次週に続く)


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