2010-11-07

中学生が読む新撰21 第7回 豊里友行・五十嵐義知

高校生が読む新撰21 
第7回 豊里友行・五十嵐義知……山口萌人・青木ともじ

開成学園俳句部月報「紫雁」より転載

豊里友行論……青木ともじ

   基地背負う牛の背朝日煙り行く

本年、私たちが松山の俳句甲子園へ行き、印象にのこったことのひとつに首里高校のことが挙げられる。彼ら(彼女ら)は句が違う、というより感性が違う。豊里氏もまたそうである。沖縄という東京の人間から見れば特別な場所に住んでいるからこそ、私たちでは詠めないような、その土地の実感のこもった句を詠めるのである。   

この句もまたそうであり、米軍基地が身近に存在しているが故の実感をこの句からは感じる。彼の句では、その句の技巧であるとか、そういったこと以前に、その沖縄ならではの実感を評価し、鑑賞したい。

 
   青蛙ニライカナイの地図をとぶ

ニライカナイの地図が存在するのか私は知らないが、こういう発想は面白い。現実世界と想像上の楽土がどこかで繋がっているかのように思わせられる。ニライカナイとはどんなところなんだろう、そんな想像まで膨らませてくれる句である。ニライカナイという単語を詠み込むのはやはり沖縄ならではであるが、沖縄ならではの「ことば」というものが多くみられる。例えば、

   月と太陽(ティダ)のエイサー太鼓島うねる
   乱世の火蛾呼び寄せるウジルカンダ
   蛙鳴くついに阿摩和(あまわ)利(り)の岩を吐く

ティダは太陽の沖縄の方言、「照るもの」が語源という説が有力。また、ウジルカンダは沖縄のほうでしか生えていないマメ科の植物(調べたところ何やら不気味である)、阿摩和利とは沖縄の偉人らしい。我々にとっては調べねば知らぬ単語も多いが、その響きを楽しむのも魅力であろう。寧ろ読み手としては、その「ことば」を調べた上で鑑賞することで尚句の感じを理解できる。例えばウジルカンダの句。写真を載せることはできないが、紫がかった不気味な実(?)をつけるのだが、そのイメージとフレーズが良くあっていることは調べてみるとわかる。これはやはり、実感なくしては詠めないことであろう。

彼の句は沖縄的な魅力を感じるものが多いが、その句から感じる思いまでを私としては感じたい。これら百句の中でもやはり「戦争」を基調としたものが多く見られ、「基地」や「テロ」などといった言葉がたくさん散りばめられている。だが、彼が戦争を詠むのと、我々が戦争を詠むのとではそもそも視点がちがうのであろう。近年、アメリカ軍基地の問題も公になってきているが、それを身近にしているが故の思いはあるのではないか。
   
   どれも十字架十・十忌の蜻蛉
   死者も僕らも甘蔗穂波のマラソン

これらからはその思いがひしひしと伝わってくるような気がする。どのような思いかと問われても私には慮るに重過ぎることであろうから追究しないが、察せられるだけでもその魅力に触れたような心地はする。もっとも、中には率直すぎると思えるようなものもあるのは事実である。だが、それがある意味彼の本音なのだろう。一言で言い換えるならば、敢えて独特の言い回しによって描かれることによって、より現実的な世界観を彼の句からは感じることができるのであろう。

今回は句を重く捉えすぎているかもしれない。実際もっと素直に鑑賞するべきだったかもしれない。だが、鑑賞する側の一つの深読みとして今回は許していただきたい。

五十嵐義知論……山口萌人

   雪解けにゆがむ盥を洗いけり

実を言うと、盥を日常生活で使ったことがない。何かの拍子に見た記憶があるだけである。しかし、そんな自分にもこの句の実景はまざまざと想像できる。使い古された金盥だろうか。どこかにぶつけた跡や凹みもあるだろう。それを雪解け水で洗うという行為には、只の生活用品を洗うということ以上の意味があると思う。雪国の春を確証する儀礼的な行為として、さらに何世代も前から続いてきた一つの営みとして。

やや拡大解釈気味かもしれないが、この平易な読みぶりの句からここまで読みを広げることが可能なのは何故かを考えつつ、この百句を読んでいきたいと思う。



一 棒杙のあたりに凍つる流れあり
  滝壺に届かざるまま凍りけり
  次々と初東雲の水車

水は、流転するものである。川から海へ、海から雲へ、雲から雨へ。絶えず留まることを知らず、たとえ廻り廻って同じ川を下ることがあっても、それは同じものではない。

そう考えると、川や滝が凍って流れを止めているという現象は、何だかとても不思議なことに思えてくる。

ここに挙げた三句のうち前二つは、その「凍る水」を描いたものである。一句目は、雪原に立てられた棒を描き、その下の微かな流れ(「凍つる」とは言うものの、底には依然として水があるのだろう)に思いを馳せる。しかし、そこには景の立ち上がりはあっても、発見が主眼になっている。

それに比べて二句目では、すっかり凍ってしまった滝を見て、それを「届かざる」という否定をもって描く。その読みぶりから、作者がこの凍滝に対して純粋な驚きと同時に微かな違和感を抱いているのではないか、と思わされる。それが「ざる」という言葉遣いに表されているのではないか。

しかし、その違和感を、作者は嫌なものとしては捉えていないのだろう。むしろ、その時が制止したような感覚を言外に匂わせ、一句の世界に上手く取り込んでいるのだ。

その「時」への感覚が最も顕著なのは、三句目である。水車の水も明け方の雲も次々に移り行く。それを作者は一つの映像として観測しているかのようである。


二 大根の乾ききらざる軒端かな
  打水の水とどまりて流れけり

どちらの句も、古典的といえば古典的だ。素材も古くからあるものだし、季語そのものを対象に描いている。そのため言葉も平易で分かりやすい一方、もしかしたら類想もあるかもしれない、とも思ってしまう。

しかし類想云々以前に、これらの句は五十嵐氏の季語との付き合い方を、分かりやすい形で代表していると思うのだ。いずれの句も「大根」「打水」という季語を修飾したり、それを人間の手で捏ね繰り回したりせず、自然の流れに任せてそのまま描いている。そして句そのものは感情や主観に流れるというよりは、その現象をじっと見ているといった様子である。

つまり、彼の句は(もしかしたら彼は)、自然に対して抗ったりエキセントリックなことを考えたりするのではなく、あくまでもあるがままを観察し、受動的なのではないか。無理に大根を乾かしたりせず、また打水にさらに打水を掛けて無理矢理に流してしまったりしないのではないか。

それは伝統的農村における、己を取り巻く自然に対する姿勢にも似ている。そしてこの姿勢こそが、五十嵐氏の句にある種の土着性を見出す要因なのだと思う。


ここで最初の〈雪解け〉の句に戻ってみる。

「雪解け水で盥を洗う行為」が何代にもわたり生活の一部として存在しているようにさえ思う、と先程(些か強引に)読んだが、これは「雪解け」という水に対する思い入れの殊更に強い季語が、一章で触れた「時の流れ」をより強く意識させているということ、そして平易な読みぶりが、作者の季節や時の移ろいに身を任せて暮らしている姿をどことなく感じさせることから、このような解釈ができるということだったのだ。

言葉の平易さは、多くを語らない代わりに読者に大部分の想像をゆだねる。そういったときに、どこまでも深く掘り下げていくことの大切さを考えさせられた百句であった。





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1 件のコメント:

  1. 「新撰21」では出てこないのですが豊里友行さんの俳句には表記も補足しておきましょう。
    第2次未定の招待席にてこんな句が登場しました。
    豊里は「内容と表記の必要性に迫られてついには第2次未定の高原耕治先生の胸を借りる形で多行形式の場に発表させて頂く。」と言う。
    豊里友行句集『バーコードの森』にも登場する多行詩形。
    たぶん次の豊里友行の第2句集にも多行詩形登場するであろうことを楽しみにしている。
    下記の句と普通の句とではニュワンスがだいぶ違うことは言うまでもない。




    死者も
       甘蔗穂波のマラソン
    僕らも


        
    僕らも

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