林田紀音夫全句集拾読 196
野口 裕
水垢離の水音だけの夜が還える
昭和五十三年、未発表句。仏教色の強い紀音夫の句ではあるが、水垢離はあまりない。おそらく水垢離を見聞したことが、水音だけになって、夜の脳裏に戻ってきたと思われる。
水音はいつまでも頭の中で響いていることだろう。
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前項、「水垢離の水音だけの夜が還える」の発表形は、「水垢離のいま水音の春の暮」(昭和五十三年、「花曜」)。「だけ」を消して、「いま」に書き換える心理はよくわかるが、良くなっているかどうかは微妙な問題。
鏡のひとり標的へ肱ついて
昭和五十三年、未発表句。夜店や温泉場などにある射的場で見かける風景。それが鏡に映っている。鏡の先には、戦場が見えたのか。
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水はさやかにわが身出て行く蛍火か
昭和五十三年、未発表句。人体から出て行く水となれば、涙・汗・尿など、いろいろとあるだろうが、どれであるにせよ蛍火はなかなか思いつかない。ナルシシズムと解釈もできるだろうが、蛍火となった水を見る目がそれほど陶然としている訳でもない。どちらかと言えば、不思議な物を見る感覚だろう。最後の、「か」が働いている。
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2012-01-01
林田紀音夫全句集拾読196 野口裕
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