ラベル 林田紀音夫 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 林田紀音夫 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2014-04-06

林田紀音夫全句集拾読 310〔最終回〕 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
310〔最終回〕

野口 裕






漏刻の或る夜はじまる雨の音

平成八年、未発表句。前年の未発表句に、「漏刻の或る夜だれの夜もまじる」があり、平成九年、海程の「取りとめもない雨終の小糠雨」が海程発表句の最後となる。漏刻二句は変貌前の姿か。時を刻むような雨音が、自身の終の姿の暗示と聞こえてくるのだろう。

 ●

空缶の幾つ冥土の方に立つ

平成八年、未発表句。全句集最終句のひとつ前の句になる。平成九年の海程に、「空缶のいくつ冥土へ連らなる色」とあるので、その推敲前の句形と考えられる。花曜発表句には、類形がない。冥土の道案内に空缶を選ぶところ紀音夫らしい。

 ●

白昼の空の紺その裾切られ

平成八年、未発表句かつ全句集の最終句。「切られ」に万感の思いを託す。

年譜には、「この年をもって句作を中止する」とある。発表句は平成九年まで続く。海程発表句の最終が「取りとめもない雨終の小糠雨」、同年花曜の最終が「夕闇の刻々声の方角に」。没年は、平成十年。

疑問が二つ。ひとつは、三句の内でどれが本当の最終句になるのか、ということ。延々と読み続けてきた心情から言えば上揚句が最後と思いたいが、一日の時の流れから見れば花曜か。

もうひとつは、句作を絶ってから、いかなる心境であったかということ。これは飯田龍太にも同様の疑問が浮かぶ。長年にわたって培った習性は、おのずと折に触れての五七五を引き出すだろう。脳裏に浮かんだ句を句帳に書き付けることなく封印するに、容易であったか、抑制する意思が必要であったか。容易であるにせよ、抑制していたにせよ、座の文学と言いながらも、個に戻る時間の必要な現代における俳句のありようを、逆に照射しているか。


年譜および巻末の福田基氏の解説と編集後記については、折りに触れて書いてきた。一冊の本を咀嚼する作業はこれで終わる。

咀嚼し終わったあとの一言が、テレビのグルメリポーターの良否を決めるように、本全体を見通した一言が必要かも知れない。しかし、思いつかない。まさに、

  隅占めてうどんの箸を割り損ず

というところか。

●

2014-03-30

林田紀音夫全句集拾読 309 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
309

野口 裕






市民課の壁の矢印増えて行く

平成八年、未発表句。発表句では平成八年「花曜」に、「市民課へ矢印電話途中で切れ」。矢印は、地震後の行方不明者の消息や避難場所を示すものかと想像する。震災関連句に挟まれているために、これもそうだと推定は出来るが、単独に取り出すと、市民生活を管理する役所という風な別の解釈も可能となる。

知人の消息を確かめるために役所に出かけたが、問い合わせる人でごった返していて何がどうなっているのかさっぱり要領がつかめない。とにかく避難者の消息を示す掲示をていねいに調べるしかない。大阪に転居した人はあちら、和歌山はこちら、まだ避難所にいる人は向こうの壁、という風に。壁に貼ってある矢印にしたがって、あちこちを読んでみたが途方に暮れそうになる。矢印が悪意の塊に見えてくる。以上、当方の想像を書いてみたが、もちろん想像でしかない。

 ●

解体家屋の未練とりどり土埃

家つくる音していまは釘打つ音


平成八年、未発表句。震災関連句の最後の二句。発表句では、「解体家屋の悲喜とりどりの土埃」、「家を組む木の音いまは釘打つ音」(平成八年「花曜」)となっている。一句目は、「悲喜」よりは「未練」の方が良いだろう。「悲」はともかく、「喜」が想像しにくい。二句目は、発表句よりも簡単な構造にすることにより、槌音を効果的に演出する。

いずれにしろ、これで彼の震災に関する発言は終了する。平成八年の未発表句も、残り三句となる。
●

2014-03-23

林田紀音夫全句集拾読 308 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
308

野口 裕






数条の震禍の煙日と倶に

平成八年、未発表句。紀音夫作句の最終年、冒頭の句。新年を言祝ぐ句はない。

四季の随順と無関係に起こった事件は、それが心の内から去らないうちは、四季の運行を忘れさせる衝撃力を持つ。一月と聞けば十七日、その前にある正月などはどうでも良い。そんな気分があっただろう。

直接的には地震後の火災を俯瞰した光景を描写したものだろうが、日に陽光と日数の両様の意味があるのを勘案すれば、時を経ても煙の上がる光景が脳内に巣食って去らない心境の吐露でもある。

 ●

震災の供華ぽつねんと昼また夜

平成八年、未発表句。

一年の推敲を待ってから誌面に発表するのが、紀音夫の発表態度である。ところが、平成九年の花曜、海程のいずれにも震災関連の句は発表されていない。平成八年に作成した震災関連句は封印されていたことになる。いかなる心境であったかは想像しがたい。

上揚句は、倒壊家屋の瓦礫の前に置かれた花を思い浮かべれば、「ぽつねん」という一語がよく働いているとわかる。供華はすでに枯れているか。


残骸としてクレーンの爪傷む

平成八年、未発表句。瓦礫を片付けるべきクレーンもまた傷んでいるということか。あるいは、工事現場で激震に遭ったクレーンが転倒したまま放置されているのか。個人的には、阪神淡路大震災によってバブル崩壊を決定づけられたような印象もあるので、後者の解釈は棄てがたい。

もっともテキストに即せば、震災と関連しての解釈から離れての読みも成立する。上揚句の前後に震災関連句が並ぶのでどうしても引きずられるが、役に立たなくなったクレーンの即物的な表情と見るのも味わいがある。トリビアリズムと揶揄されることの多い紀音夫の一面が、ここでは有効に働く。

 ●

激震の未明よりおびただしき鴉

激震の家屋生木を裂くに似て

平成八年、未発表句。最後の年となる平成八年の未発表の句数は十一句。平成九年に海程、花曜に発表した八句と十句を平成八年に作成したと考えても全部で二十九句。そのうち八句が震災関連句。

激震という語を使用した句は、平成八年の海程と花曜に、

ああと鴉海を近くに激震後(「海程」)

鉄筋の棘忽然と激震地(「花曜」)

仏壇も瓦礫の類い激震後(「花曜」)

の三句がある。地震のもたらした衝撃を、体感を伴ない蘇らせてくれる言葉として多用したのだろう。

さきほど、朝日出版社の「悲傷と鎮魂-阪神大震災を詠む」をざっと読み返してみたが、激震を使用した例は少なく、「激震の神戸の街よ火の街よ」(大高弘達)を見つけただけだった。紀音夫らしく、ひとつの言葉を見いだし、それに固執して作句しようとしたのだろう。

●

2014-03-16

林田紀音夫全句集拾読 307 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
307

野口 裕






倒壊の壁や柱に誰の傷

平成七年、未発表句。倒壊家屋を主題とする発表句は、「倒壊家屋の暗部の脆さ引き当てる」(平成八年、「海程」)、「倒壊家屋の暗部より罅陸続と」(平成八年、「海程」)、「倒壊の家屋生木を裂く部分」(平成八年、「花曜」)の三句。「解体家屋の悲喜とりどりの土埃」(平成八年、「花曜」)という句もあるので、家屋の解体作業に遭遇しての句と見てよい。

未発表句は、「誰」が分かりにくいが、自身の傷心をまざまざと見る心地がしての反語か。

 ●

折々は震災以後の空まぶしむ

平成七年、未発表句。震災に取材した平成七年の未発表句は十八句ある。その最後が上掲の句。次の「雲の流れる昨日の今日のサングラス」とセットとも取れるが、一応別景としておく。晩年に訪れた悲惨な状況から辛うじて抜け出した感慨は、「空まぶしむ」としか言いようがなかっただろう。

 ●

帆走のこがらしいつの夜よりか

平成七年、未発表句の最後。次の年に句作を絶つ。平成八年の海程に、「何処をどう歩いて海のこがらしか」。最後まで発表は一年を経てからの姿勢を貫いている。

●

2014-03-09

林田紀音夫全句集拾読 306 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
306

野口 裕






倒壊の壁や柱に誰の傷

平成七年、未発表句。倒壊家屋を主題とする発表句は、「倒壊家屋の暗部の脆さ引き当てる」(平成八年、「海程」)、「倒壊家屋の暗部より罅陸続と」(平成八年、「海程」)、「倒壊の家屋生木を裂く部分」(平成八年、「花曜」)の三句。「解体家屋の悲喜とりどりの土埃」(平成八年、「花曜」)という句もあるので、家屋の解体作業に遭遇しての句と見てよい。

未発表句は、「誰」が分かりにくいが、自身の傷心をまざまざと見る心地がしての反語か。

 ●

折々は震災以後の空まぶしむ

平成七年、未発表句。震災に取材した平成七年の未発表句は十八句ある。その最後が上掲の句。次の「雲の流れる昨日の今日のサングラス」とセットとも取れるが、一応別景としておく。晩年に訪れた悲惨な状況から辛うじて抜け出した感慨は、「空まぶしむ」としか言いようがなかっただろう。

●

2014-03-02

林田紀音夫全句集拾読 305 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
305

野口 裕





震度7未明の手足まだ緩み

ヘリコプター浮遊体感余震生み


平成七年、未発表句。

まず、前項の補足。発表句では、「余震の夜へ枕木を踏み人の列」(平成八年「花曜」)と姿を変える。

あのときの当方の住んでいる地域の震度は5弱。震度7がどの程度なのかは想像の域を出ない。しかし、この二句を読むと、手足の緩みや浮遊体感は、急激な上下動がまさに「足が地に着かない」感覚を引き起こしたのだと分かる。発表句ではと読み返してみたが、浮遊体感は体感余震となるが、

    体感余震暫くは海切切と
    体感余震火と水を使うとき
    水の来ている午前体感余震の辻
    体感余震たびたび死者の翳を踏み(以上、平成八年「花曜」)

と、その時の余韻を引いてはいるが微妙に異なる。海程発表句にこの語が登場しないのも、特徴的である。

またヘリコプターも、「ヘリコプター凶器余震と共に来る」(平成八年「花曜」)となって、とらえ方は相当に異なってくる。

一瞬にして起こった異常体験を、体感を伴って句に定着させることは紀音夫ほどの技量を持ってしても至難の業であるのだろう。
●

2014-02-23

林田紀音夫全句集拾読 304 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
304

野口 裕





炊き出しの列に眼鏡を拭いて待つ

平成七年、未発表句。発表句では、「炊き出しの昼来て逃げ場ない煙」(平成八年「花曜」)、「午後になる炊き出しの湯気ひとの息」(平成八年、「花曜」、「海程」)の二句。三句同時作成で、二句を選出し、一年後に発表という段取りである。

地震後すぐに発行された、朝日出版社の「悲傷と鎮魂−阪神大震災を詠む」(1995.4.20)には、寄稿していない。寄稿しようとすれば出来るだけの句量があったのは明白であり、寄稿はしないという意思があったはずだ。地震があった平成七年当時の「海程」、「花曜」の発表句も、地震とは無関係の句で前年の入院時の体験と推定できる句ばかりである。

三句を比べてみると、未発表句は最も平板かもしれない。しかし、滋味が最も味わえるのも未発表句とも言える。「ひとの息」は、まあいいとして、「逃げ場ない煙」は思い入れ過剰と見えなくもない。

ありあわせの布で拭く動作とともに、炊き出しの湯気と共にやってくる暖かな食べ物の匂いを、嗅覚はすでにとらえていることだろう。人の群れが近いようで遠い。

●

2014-02-16

林田紀音夫全句集拾読 303 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
303

野口 裕





給水車来ている呉越同舟で

平成七年、未発表句。震災当時、給水車は近隣の府県はいうに及ばず、「全国44都道府県,7587事業体から給水車 757台が派遣され,自衛隊からは給水車270台,船舶 11箆が応急給水に当った。」と、検索してみると出てくる。

普段は仲の悪そうな自治体同士の給水車が轡を並べていたのだろう。ナンバープレートを見比べて、笑みとともに飛び出した軽口が句になった。状況が状況だけに、ある意味貴重である。

●

2014-02-09

林田紀音夫全句集拾読 302 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
302

野口 裕





薄明の身を病んで苛性ソーダの艶

平成七年、未発表句。「苛性ソーダの艶」が分からず、消毒薬のクレゾールあたりのことを仮にそう呼んだのかとも思ったが、どうも釈然としない。

ウィキペディアの「水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)」にあたってみると、「パン、スナック菓子のプレッツェルの生地を水溶液に浸けて、表面のつや出しと食感改善にも利用されている。ただし、高温(170°C前後)で焼かれるため、炭酸ナトリウムに変化し製品には残らない。」との記述がある。これだろうか。

震災当時、被害が大きかった地域から、比較的被害の少なかった我が家に色んな人がちょくちょく訪れた。復旧している水道を使っての洗濯と、これも復旧しているガスを使っての暖かな食事を求めてのことだ。そして、お土産として非常用に配られた菓子パンをよく頂いた。毎度毎度の食事を菓子パンで済まさざるを得ないのは、かなり味気ないものだという話もよく聞いた。

もし、この句の「苛性ソーダの艶」が「パン、スナック菓子」の艶であるなら、前年に入院していた身には耐えがたく思われたに違いない。さらに想像をたくましくすれば、配給された食品がプレッツェルの一種である「プリッツ」(ポッキーのチョコレートをかけていないやつと言った方が分かりよいか)であれば、彼の痩身さえもが想像されるような気がする。

いずれにしろこの句の場合、「苛性ソーダ」の「苛」が句の効果を最大限に引き出してはいようが、「苛性ソーダ」が何を指すかは分かりにくい。発表句に選ばれなかった理由の一端ではあろう。

●

2014-02-02

林田紀音夫全句集拾読 301 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
301

野口 裕





朝からの雨の遙かを給水車

平成七年、未発表句。不思議なことにネットの時代になると、私のようなものぐさでも、この句の出来た日が特定できる。当時の天候記録も紀音夫の 住んでいた芦屋市の水道が復旧するまでの期間(六週間)もネットから拾える。両者をつきあわせると、朝から雨の降った日は一月二十二日しかない。当日は日 曜日に当たるが、あの混乱の中では曜日は関係なかっただろう。

雨の中で、飲み水を確保するための給水車を待つ。皮肉な状況だが、遠くから豆粒のように見える給水車が待っている身にはじれったく見えただろう。

●

2014-01-26

林田紀音夫全句集拾読 300 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
300

野口 裕




護符いくつ貼る朝より晴れた空

平成七年、未発表句。千社札を見ての景。護符という言い方に人がそれに託した願いを想起させるものがある。平成八年「海程」発表句に、「日暮れまで人は行き来の千社札」。


水運ぶ十日戎の屋台まで

平成七年、未発表句。神社の境内に、外の路上にと屋台が渦巻くほどに十日戎は賑やかである。もちろん水道が引かれているわけでは無いので、屋台まで人が水を運ぶのであろう。喧噪の中で黙々と(あるいはきびきびと、だろうか)働く人を見つける紀音夫の眼のつけどころは、第二次世界大戦後を生き抜いた生活人のものである。

 ●

震災の夜へ枕木も兵馬の翳

平成七年、未発表句。「阪神淡路大震災」の詞書き。この句以降の十七句は、すべて震災関連句である。平成八年になってからの発表句の多くも震災関連句であり、制作年が一年遡ると推定される。甲子夫が大きな衝撃を受けたと想像するのはたやすい。

上掲句からは、地震直後に交通網が寸断され、多くの人が線路を伝い歩いたことが思い出される。枕木の上を歩く人に自身の戦争体験を重ね合わせているのだろう。

●

2014-01-19

林田紀音夫全句集拾読 299 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
299

野口 裕




さくら降る錻刀を叩く音つづき

平成六年、未発表句。この年はさくらの句は葉桜の二句を入れても八句。やはり入院もあって少ない。上揚句は、錻力かと思ったが、錻刀。これもまたブリキと読むようだ。いらいらするような音の続く中を散り急ぐさくらの景は、そのまま紀音夫の体調・心境とつながる。

 ●

打水のところどころに男女立つ

平成六年、未発表句。男女の間に関係はないのだろうが、書かれてしまうと関係があるように読めてしまう。作者も読者も嘘と分かって楽しむ。打水だから、それほど熱した関係にはおちいらないはずだ。

 ●

年終る朝から夜へ海荒れて

平成六年、未発表句。平成六年は句数が三十五句、一頁余と少ない。前掲句から秋を飛ばしたことになるが、特に取り上げる句もなさそうだ。やはり、入院が響いていると思われる。上掲句がこの年の最後の句。そして、平成七年初頭に阪神明石淡路を襲った地震に遭遇することになる。

 ●

数条の水となり道遠くなる

平成七年、未発表句。前年よりもさらに少なく二十六句。病苦に地震の追い打ちが堪えているのだろう。上掲句は、この年の冒頭の句であり、まだ地震は起こっていない。

上五はいろいろな情景が想像できるが、何らかの堰を超え始めた幾本かの水の流れが道の遠さを強調しているように見える。当然、水は我が身、道は行方分からぬ未来を秘めているはずだ。この年の年頭の所感ととらえると、予見めいたものを感じる。

●

2014-01-12

林田紀音夫全句集拾読 298 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
298

野口 裕




団栗をてのひらに見る沖は照り

平成五年、未発表句。かつての紀音夫なら、下五で回想・追想などに添う言葉を用意するところではある。「沖」にもその要素はあるが、希薄になっている。句は触覚を伴う近景から遠景への自然な推移を示す。


除夜の湯に新しいこと何もなく


平成五年、未発表句。平成五年最後の句になる。淡々とした心境句。


松黒く月夜の軋み身に及ぶ

病棟の消灯の刻雪来るように


平成六年、未発表句。新年になってからの四句目と五句目。五句目に、「国立循環器センター入院」の詞書。詞書から判断するに、四句目は身体の異変を告げている。松の黒さ、突然やってくる雪ぐもり、ともに暗澹とした心境を覗かせる。

 ●

突然の鏡に涙涸らした顔

平成六年、未発表句。前後の句から入院中の句と判断できる。鏡に闘病に疲れた己の顔。k音の連続が自嘲めく。

 ●

夜景眼にまだ病人の眠れぬ刻

平成六年、未発表句。病院の消灯が早く、眠れぬままに夜景を見て過ごす、ということはありそうだ。素直な句。四季と無縁の病棟にあれば、無季の句もまた自然と生じる。
 下世話な話だが、六人部屋や四人部屋で夜景が見えるのは、幸運の部類に入る。少々、値は張るが、一人部屋ないしは二人部屋だったか。

●

2013-12-29

林田紀音夫全句集拾読 297 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
297

野口 裕





西瓜食う離ればなれの顔をして

平成五年、未発表句。どんな顔なのか、考え出すとよくわからないが、西瓜のあちこちにばらまかれている種を見ていると、そんな顔になるのだろうか。ユーモラスな響きの中に苦みもある。

 ●

鵙の声射す乳呑児のつくる拳

平成五年、未発表句。赤ん坊の未来に影が差すような印象は、第二句集「幻燈」の第一子誕生時の句風を彷彿とさせる。違いは、たとえば「泡の言葉のみどりご鉄の夜気びつしり」が、「露」というような季語から発想した句を無季に置き換える脳内作業を省略しているところか。この句の場合は、季語「鵙」の持つ毒気が強すぎて、あまり成功しているとはいえない。

 ●

前後して鳩のついばむ地の落葉

平成五年、未発表句。鳩にとって食えるものはあったのだろうか。いや、なかった。受験用英文和訳風のだめ押し文体で書けばそういうことになろう。「かな」を使わず、「地の」と流したところでそんな戯れ言も出てくる。ペシミスティックな情感は、かなり後退している。
●

2013-12-22

林田紀音夫全句集拾読 296 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
296

野口 裕





人の死に電工ニュース慌し

平成五年、未発表句。電光ニュースが普通だろうが、エンジニアの紀音夫の中では電工ニュースなのかも知れない。訃報を伝えて文字が流れ去る。内部の電気仕掛けもまた慌ただしい。

 ●

スリッパ散乱きょう八月も終り

平成五年、未発表句。荒っぽい措辞だが、句の光景とよく合っている。人の集まるところで見かけたのだろう。紀音夫ならば句会か、はたまた病院か。

 ●

起き上がる立つまでの苦に月が射す

平成五年、未発表句。「起き上がり」としていないところに、ひとつひとつの動作に身体の不調を確認しつつ行わねばならない病苦を潜ませる。「苦」はその意味で、手拍子で出てしまった念押しではある。第一句集の「月になまめき自殺可能のレール走る」の頃は、思えば元気であった。

 ●

顔前を横切って照り蜘蛛の糸

平成五年、未発表句。顔前は、眼前あるいは顔先の誤字であろう。見えなかった蜘蛛の糸が、歩みを進めるうちに反射の加減でいきなり見えてくることはあり得る。目前でそれが起これば少しは驚いてしまう。一瞬の出来事を巧みにとらえる。
●

2013-12-15

林田紀音夫全句集拾読 295 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
295

野口 裕





夜に溶けてさくらが海の音を聞く

さくらまた散る寝たきりの夜と昼

花残るさくら幽明いずれとも

葉桜に取り残されて日暮れのわれ

葉桜を離れて午後の日に当たる


平成五年、未発表句。前年にあった大量のさくらの句が三句、葉桜を含めても五句と激減している。理由は二句目に書いたような事情があったのだろう。とすると、一句目は寝つけないまま床にある作者が凝視した夜闇の姿になる。さくらに託されているものは小さくはない。

 ●

追ってくる病葉通夜の戻り道

平成五年、未発表句。「悼 堀葦男さん」の詞書あり。次は自分の番という予感に突き動かされているような句。紀音夫は、第二句集『幻燈』の閲を彼に頼んだ。感慨もまた一入であっただろう。

 ●

踏をわたる日傘を傾けて

平成五年、未発表句。「踏」だけでは、「とう」としか読みようがないので、「石」あるいは「跡」の一字が抜け落ちていると思われる。淡い影の落ちる地面を見つめるしかない、限定された視界の有り様が様々な連想を生む。

●

2013-12-08

林田紀音夫全句集拾読 294 野口 裕


林田紀音夫
全句集拾読
294

野口 裕





春の田にたたずめば濃く昼の月

平成五年、未発表句。「いちめんのなのはな」の繰り返しで有名な山村暮鳥の詩「風景 純銀もざいく」に、「やめるはひるのつき」の一行がある。当然それを意識しての句。じっくりと春の到来を味わっている。

 ●

通りより見え仏壇のある暮らし

平成五年、未発表句。仏教習俗に由来した句は少ないと書いたところで、またその関連の句で恐縮だが、ちょっと変わった句なので取り上げた。往来から何の気なしに仏壇を覗いた人でもいたのだろう。ああ、うちには仏壇があるのだと改めて気づいたところ。

 ●

家鴨行く水族館の色を帯び

平成五年、未発表句。水族館の色といわれると、フェンスの鉄錆で染められたようなペンギンの腹を思い浮かべるが、そうしたニュアンスはないのだろう。家鴨と水族館からは、鬱屈した心情は出てきそうにないからだ。水族館を訪れたときに生じる子どもっぽい好奇心の蘇りを家鴨の行進に見て取った、とした方がよさそうだ。のどかな風景ではある。

●

2013-12-01

林田紀音夫全句集拾読 293 野口 裕


林田紀音夫
全句集拾読
293

野口 裕





星を追いながらの家路寒に入る

平成五年、未発表句。有季定型に変貌した紀音夫ではあろうが、月よりは星がよく出てくる。彼らしい発想の根をそこに見る。

 ●

水栓の漏れ校庭の空白時

平成五年、未発表句。上五中七で景ができあがっているときに、無季の句で下五を締めるのは季語をはめ込むよりも難しい。「空白時」が有効とは紀音夫も思っていないだろう。景の示唆するところが魅力あるだけに、とりあえず作ったのか。結果として、改良の時間は彼に残されてはいなかったのだが。


竹馬の誰彼往時茫漠と

平成五年、未発表句。紀音夫は、時々他人の句を改悪してしまう。もちろん、この場合は久保田万太郎の句が下敷き。悪癖ではあるが、未発表句でやる分には問題なかろう。


涎掛け傾き石の地蔵でいる

平成五年、未発表句。仏教習俗に由来した句は、第二句集以後に多くなるが、この時期には少ない。無季の写生句。

●

2013-11-24

林田紀音夫全句集拾読 292 野口 裕


林田紀音夫
全句集拾読
292

野口 裕





翼燈も星にくわえてクリスマス

平成四年、未発表句。気軽な「も」の使用からもわかるように、思わずできあがった五七五だろう。軽快さが夜景の鮮やかさに見合う。

 ●

年の瀬の人の背旅の途中に似て

平成四年、未発表句。「の」の連続、「瀬」と「背」の同音、「に似」の連続音など、音遊びのような趣。五七五を、意識の支配下に置くことを忘れて、思わずできてしまった句だろう。年の瀬らしい。

 ●

年改まる川幅を水が行き

平成五年、未発表の先頭句。未発表句だから、その集積は当然日記の役割をも兼ねる。時の流れを表す水は方丈記以来の発想ではある。水の流れが生み出す川幅が、逆に水を通す通路となるところに、多少のひねりがあるにせよ、何でもない句ではある。しかし、日記の役割としては、書いておかないといけない句というものがある。業と言うよりは日課であろう。

●

2013-11-17

林田紀音夫全句集拾読 291 野口 裕


林田紀音夫
全句集拾読
291

野口 裕





犬連れて薄暮は言葉すくなくて

平成四年、未発表句。ちょっと暗くなってきた中、黙礼だけで行きすぎた人。犬だけが前へ前へと進もうとしている。佳句。

 ●

運動会午後へ乾いた曲流す

平成四年、未発表句。「へ」で生きた句。呪詛に近い響き。

 ●

或るときは霧笛もまじえ鳩時計

平成四年、未発表句。そろそろ鳩が飛び出す頃かと時計を眺めていると、あらぬ方からもっと低音が響いてきた。外は霧なのだと気づく。気を取られているうちに、鳩が何回飛び出したかがわからなくなってきた。不眠症の紀音夫が寝つけずに出会った景か。

 ●

木の葉降る天に傷して飛行雲

平成四年、未発表句。生命を失った物体のゆるやかな下降とは裏腹に、下降速度よりもさらにゆっくりと上昇してゆく視線の先に、飛行機雲を認める。「傷」は、長い実生活で得た痛ましい体験よりも万人が持つ言いがたい感覚、すなわち「感傷」と読んだ方がこの場合はすんなりと納得できる。

●