2012-03-04

クンツァイトはどこから来たのか?   依光陽子

クンツァイトはどこから来たのか?

依光陽子

〈東京12大学管弦楽の夕べ〉で知り合ったという男が二人。

一人は、幼少時無理矢理習わされたバレエの名残で手足だけは太らない体質の、やくざ顔。一人は、ナンパさせたら天才的な能力を発揮する、某有名百貨店の宝石セールスマン。

さらにプロ並みの料理の腕を持つ姐御肌の事務員が一人。前衛音楽も写真も何もかも中途半端、当時ドレッドヘアで浮きまくっていた迷い人に声をかけたところ、エスニック好きで意気投合。

四人はなんとなく集って、普通な事や普通でない事をやって遊んでいたのだが、平成4年の夏のある日、突然男の一人が

 「これから我々は俳句をやる」

と宣言した。

その男とはクンツァイト主宰者・依光正樹である。

 「俳句、、、??」

背後からダースベーダーのテーマが流れてくる男の宣言は絶対命令として各人に受け容れられ、皆一斉に本屋へ散ったのである。

私は『俳句』平成4年8月号「飯田龍太『雲母』の終刊について、どうなる結社の時代」というやけに分厚い雑誌を発見して購入。特別企画として「現代結社探訪・結社300」の主宰句と師系、連絡先が掲載されていた。

 「どうやら、結社、というものに入らなければならないらしいよ」

と、見本誌無料のところは最優先、その他「切手可」のところに片っ端から見本誌を請求することに。

一方、「俳句っていうのは季語という言葉を入れるのが決まりだから、歳時記が必要らしい」と歳時記を購入。次は「吟行ってのをして、句会というのをやるらしい」と、『俳句という遊び』なども参考に、早速初句会を決行した。

すぐに句会の面白さにハマッて中毒状態の俳怪人間と化した彼等は、すべての土日はもちろん、夜は夜で『珈琲吟行』と銘打った題詠句会を深夜まで行った。

皆、どこか乾いていたのだと思う。

先人の句も読めるようになってさらにのめりこんでいくと「果たして、我々の俳句はほんとうにこれでいいのだろうか?」という、素朴な疑問にぶち当たった。正しい選句眼を持った人に見てもらいたい、と思う欲求は日増しに強くなった。

 「やっぱさ、結社ってのを考えてみる?」

そこで手分けして主宰といわれる人の句をなんとなく注意して読むようにしたり、いくつかの結社の句会に参加させていただいたりした。

結局、最も硬そうで、若者だからといってチヤホヤしない、信念の軸にブレのない主宰の、けれども少年のような人柄に惹かれて結社を決めた。

周りに集まっていた人々も実に個性的で、誌面で文章に力を入れている点も魅力だった。初めて行った句会で、となりの人が自分の句を選句用紙に書き込んでいるのをチラ見したときの興奮は今でも忘れられない。鼻血が出るかと思ったくらいだ。

さて、本格的に入る結社も決まり、いよいよ俳句をやっていく覚悟を決めたのだから自らの結社の方も名前が必要だろう、とダースベーダーに命令されたセールスマンが決めた結社名が「クンツァイト」である。

クンツァイトというのはリシア輝石の一種で単斜輝石であるそうだ。「ふーん」。まあ普段何百万円も何千万円もする宝石を持ち歩いて売ってるんだからいい石なんだろうね、とあっさり決定。(しかし今でも句会場を予約すると「ワンツァイト」などと書かれていたりする。知名度は低いらしい)

次はメンバー集めである。四人では世界が狭すぎる。もっとまったく価値観の違う、視野も広く経験豊富な俳句行者を仲間に持ちたい。

かくしてドレッドのとれかかった私が騙して連れて来たのが下坂速穂である。下坂は人間よりも猫や鳥の友達が多く、面白い事を書かせたらピカイチの才能を発揮するので俳句もさぞかし面白いものを書くに違いない、と無理矢理引きずり込んだ。

姐御肌はスーパー老人(いや失礼)・橋本久美(ヒサミ)を「屋根」から動員。彼は「花鳥来」にも所属していて、定年後に始めた俳句に命がけで取り組み、客観写生の道を突き進んでいる。

やがて姐御肌は寿退社し、編集長を下坂に譲った。ナンパの天才も浮気がバレて妻から外出禁止令が発令され去って行った。

ちなみにクンツァイトは結社誌は発行していない。Webサイトもない。誰かに負担がかかるという単純な理由からだ。しかし毎月句会報だけは発行し、そこに好き勝手な文章も載せる。結成からもう二十年以上経つが誰も冊子にしようと言い出す者がいないので、多分この先もこのままだろうと思う。

句会は月に一度、第三日曜日。場所は都内でその都度変わる。吟行句会が基本だ。

当時のクンツァイトは超スパルタ俳句集団だったため、ほとんどの人は依光のスパルタに耐えられず、加入しては辞めて行った。

当時から残っているのはド根性のある高齢の方々のみ。最高齢は82歳。皆、バス停4,5個は平気で歩いて句を拾ってきては、毎回驚くような句を出してくる。私は大いに刺激を受け、そしてだらけきっている自分を反省し奮起するのである。

さて、最近のクンツァイトはダースベーダー依光正樹の角がだんだん取れて、ほぼ普通のオヤジになったため、一般の俳句作者の方々も続けて参加されるようになり会員の数も増えたが、私は昔の、あの異様に緊張感の張り詰めていたクンツァイトをほの懐かしく思うのである。
 

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