林田紀音夫全句集拾読 209
野口 裕
台風を音として夜気重くする
昭和五十四年、未発表句。台風の夜は、ありそうな素材だがあまり見かけない。「音として」というのが、台風の規模、家に閉じこもらざるを得ない状況を端的に表して鮮やかな表現になっている。停電も伴っていそうだ。
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脚を組む流域に日の降る車中
昭和五十四年、未発表句。脚が組めるほどスペースのゆったりした自動車、とは考えにくい。やはり列車のロマンスシートだろう。それも窓際。大河の輝きに彩られてひたすら陽光を見つめる旅行の途上か。若干の退屈をともなって、脚を組み替える。
「隅占めてうどんの箸を割り損ず」の頃の作者は、世間に対してどこか肩身の狭い感覚が貼り付いていた。その頃からの変貌が、こうした無意識の動作にもあらわれてくる。
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雪片に屈めば屈む高さで消え
昭和五十五年、未発表句。雪降る中をふと視界がとらえた雪片。それを追いかけようと、屈んだ拍子に視界が動いて雪片を見失う。何かの象徴でありそうで、そうでもないような。作中主体自身がそのことに戸惑っているような風情がある。中七の佶屈さと下五の字余りほどには喩が働いていないとも取れ、推敲を打ち切ったのか、発表句への発展形は見当たらない。
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