林田紀音夫全句集拾読 252
野口 裕
手を出せば風が集まる朴の花
昭和六十二年、未発表句。朴の花を詠むと、目立つ花だけにどうしても視覚中心の句になりがちだが、ここでは触覚も動員され、佳句に仕上げられている。昭和六十二年と六十三年の花曜、海程の発表句の中に朴の花の句はない。もともと、発表句では季語となる種類の花はできるだけ排除されている。朴の花を消して仕上げたい、そんな心持ちがあったのだろう。
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更衣暮れきるまでに家を出る
昭和六十二年、未発表句。夏服に着替えて、夕刻からの外出。腕をなでる風が心地よい。さすがに老年の紀音夫が作者と分かっているだけに、逢い引きは想像しにくいが、愉しい酒席ぐらいはありそうだ。従来の紀音夫にはない句。
往く雲に紅の確かな桜の実
昭和六十二年、未発表句。「往く雲」が重い過去を抱え込んで去ってくれたようで、桜の実の鮮やかさが映える。
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風船の糸がからまり歩道橋
昭和六十二年、未発表句。昭和六十三年、海程に「陸橋に雨の糸そのさびしさを頒かつ」。有季定型を無季の句に変換する典型例。
変換後の作から、ひょっとすると上句の風船はすでに破裂して歩道橋の欄干にだらしなく貼り付いているのではないかとも想像される。その景を、未発表句の段階では、若い頃の修練からひょいと有季定型句に仕立て上げてしまったのではないか。そんな読みも出てくるが、あくまで仮定の話に留まる。
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