上田信治
「里」2010年12月号より転載
その夢はあまり何度も見るので、自分にとって何らかの意味があるのかもしれないと思い、とりあえず書いてみることにする。
(以下、夢の話)
それは、老朽化したスタジアムを思わせる白いコンクリートの建物で、温泉を中心とした巨大な保養施設となっている。
建物に入ると、格子状に仕切られた風呂とも小座敷ともつかないスペースがどこまでも続き、大小さまざまのグループが、そこで、宴会のような入浴のようなことをしている。
自分はそこに、いつも遅れて到着し、喧噪のなか、自分が加わるはずの宴会を探して奧へ奧へと進むのだが、加わるべき宴会が見つかったためしはない。
(以上、夢)
自分が、インターネットで、文章とも何ともつかないものを書き始めたのは、この連載と同じく、およそ五年前のことだ。
ネットでものを書くことは、知らない場所で一人っきりで「誰かいませんかあああ?」という声を上げることに、似ている。
そこは、平べったく人影のおぼろな、靄っぽい埋立て地のような、それこそ夢のなかの景色のようなところで、誰の許可も得ずに書き始めることができる代わり、自分が書く物を読む人が、この世に一人でもいるかどうか分からない。
人生のコツは「自分と似た人のいる場所」へ行くこと。
それが、これまで生きて得た、自分のなけなしの人生訓だ。そしてそれは自分にとって、書くことや読むことの、大きな部分を占める意味でもあり、自分の根本的な願望でもあるのだろう。
あの夢はそういう意味だと思った。
丸五年いろいろあって、自分は「誰かいませんかああ」どころではない多くの知遇を得た。
今、この、これを読んで下さっている皆様に御礼を申し上げます。
しかし、書くってすごいなと思うのは、夢の話を書き始めた時は、こんな挨拶をするなんて、全く思っていなかったことですよ。
ビヤホール最も遅くわれ着きぬ 上田信治
※この回、雑誌発表時、複数の人から「成分表」終わるの?と聞かれました。たまにあらたまると、これだもの、と思ったことでした。
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