【句集を読む】
16=2の4乗
岡田由季句集『犬の眉』を読む
西原天気
このあいだ出かけた洗足池には鴨がかなりの数(というのはもっぱら種類ということです)いました。この時期だから、渡っていかない「通し鴨」?
鴨を見る傘に十六本の骨 岡田由季
小雨のなか、この句を思い出しながら、周囲の人のさしている傘の骨の本数を数えてみました。ふだん傘の骨の本数は気にしていないんですよね。
8本でした。
ふつうは8本。16本なんて骨だらけじゃないですか、そんな傘、あるんでしょうか。と思っていたら、最近はあるんですね(≫amazon)。
骨16本というのは「ちょっとした驚き」です。そんな傘、あるんだー、という。「わっ!」と大声を挙げるようなものでもないが、「あ…」と小さく、ひとり驚く程度の驚きではある。
この句の鴨は、遠くの水面にいるのか、その日の私たちが見たような、すぐ近くにいる鴨なのか。句からはなかなか読みが定まりません。「近く」と思う ほうが、傘の骨や傘に降りかかる雨がはっきり見える気もします。一方、ある程度の距離を置いた鴨と読んでも、それはそれで、傘や傘さす人越しの鴨、という ことで情趣があります。
句集『犬の眉』に入っているこちらの句も、同じく「ちょっとした驚き」のたぐいでしょうか。
遠足の別々にゐる双子かな 同
いや、そこまでもいかない「ちょっとした感慨」「ちょっとした心の動き」。
列のあそことあそこ。いるね。双子のあの子とあの子。程度の。
句集『犬の眉』は、句に大げさなところのない句集です。ちょっとした「あの感じ」「それ、それ、その感じ」が句になっています。
自動ドアひらくたび散る熱帯魚
夜濯のストッキングのもやもやす
人日やどちらか眠るまで話す
釣堀の通路家鴨と歩きをり
風船を持たされて父煙草吸ふ
どこ句も健やかです。心持ちが。
情が勝ることがないのに、冷たくもないし皮肉でもない。健やかなんですよ、この句集は。
でもって、この〔健やかさ〕と〔ちょっとしたあの感じ〕は無縁ではないような気がしてきました。
過剰は不純・不健全と結びつく。これは良い悪いの話ではなくて。
わたしたちがふつうに暮らしていると、だいたいのことは、そんなに特別なことではなくて、ちょっとしたことなのですよね、考えてみれば。
ちょっとしたことにふつうに悦ばしく、あるいはふつうに哀しく反応していく。そういう態度を「健やか」と呼んだりするのです。
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句集『犬の眉』についてのお問い合せは、岡田由季さんまで。
メールアドレス yuki-o@rinku.zaq.ne.jp
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