光に透かすオニオン・ペーパー
井上雪子
一人ずつ雲選ぶ旅アキアカネ 宮崎斗士
『雲選ぶ』、情景の深みや余情の広がりを目で追う時間、物語を読むような時間の長さを感じます。掲句も、雲を選ぶ(旅)ということを具体的に理解できなくても、光に透かすと、かすかにイラストが浮き上がるオニオン・ペーパーみたいで人が生きていくことに伴う深い悲しみやいたみが直観できる。
捺印ひとつの重さを経験したか否かで受け取り方が幾ようにもあるように、届き方そのものの自由を圧迫しない語の切り方など、直截さよりも繊細なあいまいさに委ねられた10句を味わいました。言葉にならないことを残そうとする言葉の美しさと思います。
梨むけば氷のにほひしてゐたる 佐藤文香
横顔にちひさき耳や栗ご飯 同
秋の虹ひとりは鳥のこと話す 同
深い意味などない、単にそれだけのことを詠んでいるのに、優しくて可愛らしくて透き通っていて、響きのよい小さな楽器をもらったみたいに何回も読んでしまいます。たぶん、明るい光景なのに、秋という澄んだ静かさの、どこか水の底にいて見ているようなクールさ。余計なことは言わない、その潔さから豊かな世界が広がる。私もこどものような気持ちになり、たぶん顔が優しくなっている。ひとの心をしなやかにする言葉の力と思います。
海潰すわれも墓標の一本です 豊里友行
辺野古の海を潰して、また基地が造られる。湾ひとつ、島ひとつ、国ひとつ、海は繋がり星はひとつ、護るとは何を何からか。「いのちはたから」という言葉を持つ島に、世界一美しい海に、先の戦争で犠牲を強いられた人々に再び「力」は忍従を強いている。賛否もそれぞれの事情もあることがさらに島びとには大きな負担であると聞きます。
日々、あの碧い海に真向かうひとからは確かに距離はある、が、目をそむけてはならないと思います。膝から崩れたい現実でしょうが、「われも墓標の一本」という「われも」、作者が俳句という表現に向かう基底には、俳句が「座」という出発点を持つことと同じく、いのちは繋がり、ひとは繋がるという確かな認識があるのだと思います。
衛るためのいのちではない、そんな選択が許され、高度なマシン化を目指す軍備。いずれ核ボタンを押す指も金属になる時、輝く墓標を眺める誰か何か、そんな遠い未来への作者の眼差しを思います。
第380号2014年8月3日
■宮崎斗士 雲選ぶ 10句 ≫読む
第381号2014年8月10日
■遠藤千鶴羽 ビーナス 10句 ≫読む
■豊里友行 辺野古 10句 ≫読む
第382号 2014年8月17日
■佐藤文香 淋しくなく描く 50句 ≫読む
第384号 2014年8月31日
■竹内宗一郎 椅子が足りぬ 10句 ≫読む
■司ぼたん 幽靈門 於哲学堂 10句 ≫読む
■江渡華子 花野 10句 ≫読む
■小津夜景 絵葉書の片すみに 10句 ≫読む
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