2014-09-14

【週俳8月の俳句を読む】読後随想 曾根 毅

【週俳8月の俳句を読む】
読後随想

曾根 毅



長い長い母の幕間木の実降る 宮崎斗士

「母の幕間」とは何か。母親の姿が一時的に見えなくなる時間、
または母親が再び姿を現すまでの時間。そこでは、再登場時の母親の新たな展開が約束されている。そのような期待の感覚を、木の実の降り注ぐ時間に喩えた。同時に母親とのかかわりを、木の実の降る時間として提示しているのだ。

日盛やかさりと動く桶の蟹 遠藤千羽鶴

桶に入れられた蟹は、そこから抜け出そうと足搔くでもなく、ここを住処と思い過ごしているかのようだ。横歩きの蟹は、丸い桶の縁をどこまでもまわり続ける。見上げれば日盛り。静かな時の中で、微かな命の音が鳴り響いた。

海が焼く顔ならカヌーの辺野古沖 豊里友行

太陽の照りつける海。カヌーを漕いで、輝く波の反射の中を突き進む。辺野古の沖は太古の姿を今に伝え、豊かな自然の力に満ち溢れている。その強烈な自然の印象を、カヌーの速度と、照り返す光の強さで象徴的に表した。

鳥やその無名の鳥を冬と思ふ 佐藤文香

どんな鳥も無名だった、鳥に限らずである。私たちが日常、意味や概念を伝えるために用いられる物の名称や文脈と、詩歌の中で対象を指し示すときの言葉は、イコールのようでそうではないはずだ。虚実の中に浮かぶ原始の姿とも、一概にには言い切れない。物が事と同じ名で呼ばれた頃の、遠い面影を纏った鳥の姿であろう。

新蕎麦を啜り脳より抜ける音 竹内宗一郎

新蕎麦を啜る。その音を、脳を抜ける音と誇張した。潔い句の立ち姿からも、新蕎麦の感じが伝わってくる。それを食する喜びも。

哲人の庭の葉裏に火取虫 司ぼたん

思考にかかわる庭。昼夜の表情に加え、四季折々の景色を眺めては思案の中を出入りする。その庭の一枚の葉裏に虫を見つけた。闇の中に光を求めて飛び立つ一匹の火取虫だ。

抱かれて子は稲妻を恐れざる 江渡華子

一読、聖母マリア像のことを連想した。マリア像を見て、多くの女性は自身をマリア(母)の側に重ねて眺めるのではないだろうか。また多くの男性は、イエス(子)の視点に重ねてこの像を捉え、母性の愛をイメージするのではないだろうか。掲句は子の感情を、母の目線から捉えている。果たして子は、稲妻を恐れなかったのだろうか。

春の夜のみなもいちめん髪となり 小津夜景

10年前、私は転勤でJR高松駅のすぐ近くに住んでいた。当時はよく高松港の埠頭から、瀬戸内海に突き出した赤灯台までの往復約2kmをジョギングしたものだ。夜の海は髪のような黒い輝きを湛え、波音と脈打つ鼓動だけが私の感覚を満たした。

第380号2014年8月3日
宮崎斗士 雲選ぶ 10句 ≫読む
第381号2014年8月10日
遠藤千鶴羽 ビーナス 10句 ≫読む
豊里友行 辺野古 10句 ≫読む
第382号 2014年8月17日
佐藤文香 淋しくなく描く 50句 ≫読む
第384号 2014年8月31日
竹内宗一郎 椅子が足りぬ 10句 ≫読む
司ぼたん 幽靈門 於哲学堂 10句 ≫読む
江渡華子 花野 10句 ≫読む
小津夜景 絵葉書の片すみに 10句 ≫読む

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