2016-10-09

【週俳9月の俳句を読む】時の行方と気配  しなだしん

【週俳9月の俳句を読む】
時の行方と気配

しなだしん


かなかなや銃身冷ましゐる時間   今井 聖

「銃身」は、弾丸が通る円筒部分。海外詠ということもあり得るが、国内ならこの銃は長いものだろう。「かなかな」の鳴く頃ならば、狩ではなく、競技やその練習の射撃だろうか。秋に出る獣の駆除などもあり得るか。いずれにしても一発の銃声が響き渡ったあとの張りつめた空気と、黒々とした銃身の余熱が想われる。間を置いて鳴きはじめた「かなかな」には夕暮れの気配がある。

  ◇

禁立ち読みのゴム掛かる書や秋の昼   小澤 實

書籍、雑誌を包装する手段は、その書籍の特性によって、紐掛け、ゴム掛け、シュリンクがあるようで、中を読まれては困る本は、紐掛けもしくはシュリンク。付録付きの女性誌などはゴム掛けや紐掛けが施されるようだ。今や本のゴム掛け専用のゴムというのがあって、実際コンビニなどで見かける。その昔、成人雑誌がビニールに包まれていたが、見られないと、見たくなるのが情というもの。この句の「ゴム掛かる書」がこの類かは判らないが、「ゴム」に胡散臭さがあり、「禁」という言葉もそれに輪をかける。秋の真昼、「ゴム掛かる書」を目にして、作者は何を思い、どういう行動をとったのだろうか。

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海水に洗ふ俎板雁渡し   望月とし江

俎板を海水で洗うのはもちろん海辺だろう。釣り舟や漁船の上では合理的に海水を使うが、港や河岸のような場所でもあり得るかもしれない。海辺でのキャンプやバーベキューの場面かもしれない。「雁渡し」は、雁が渡ってくる頃の北風。ちなみにこの「雁渡し」、元は伊豆や伊勢の漁師の方言なのだそうだ。作者は静岡県伊東市生まれというから、この風の名に親しいのかもしれない。青く澄む海と空が想われる。

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虫籠に追込まれゆく頭かな   竹内宗一郎

捉えた虫を虫籠に入れる場面だろうか。「虫」が省略されていて、「頭」は虫の頭を表わしているのだろう。「虫籠」は本来、鈴虫や松虫など、美しい泣き声の虫を飼うためのものとされるが、蝗や飛蝗、蟷螂などという可能性もあるだろうか。いずれにしても、強調した「頭」からは、虫の貌、虫の眼のひかりが想像される。

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触角をきゅうんとしごく秋の夜   井上さち

「触角」があり、それを自ら「しごく」秋に見られる動物とは、やはり秋の虫だろうか。観察したことが無いから判らないが、蟋蟀や鈴虫などは長い触角を掃除するために「しごく」のかもしれない。作者は虫籠に入れた虫をつぶさに観察しているのだろうか。この句では、なんと云っても「きゅうん」という擬音が独特で、力強く、生命感がある。

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ひとにあふための秋服吊し寝る   川又憲次郎

様々な「秋」があるが、ファッションを愉しむ秋、というのもあるだろう。女性の秋服には様々なバリエーションがあるが、ある程度の年齢の男性には大きな選択肢があるわけではない。だいたいスーツがジャケット。むかし風に云えば「背広」だ。この句の「ひとにあふための秋服」とは、やはり一張羅の背広という気がする。夏の間は仕舞い込んでいたものかもしれない「秋服」を吊るして風を通す。「寝る」まで云ったことで、夜気が想われ、翌日の秋晴れまでも想像される句となった。

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鼻歌や長芋摺り過ぎてしまふ   冬魚

とろろを作っているところ。とろろにするのは自然薯や山芋、やまといもなど粘り気の強い芋もあるが、これらは擦りおろすのにやや手間がかかる。一方、水分が多く、切っただけでも食べられる長芋は、擦りおろすのもそれほど力を要しないため、一人でも手軽におろせる。「鼻歌」が自然と出てしまうのは、作者は無類の長芋好きなのか、他に何かいい事があったのか。長芋を軽やかに摺る音が聞こえてくる。

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携帯の林の向かう祭笛   茸地 寒

携帯電話やスマートフォンで、何でも写真に収めるようになってどの位経つだろう。この句は祭の景。祭の様子を、前の見物客の頭越しに、携帯のカメラで映すために高く掲げたのが「携帯の林」。作者は「携帯の林」からも後ろへひいて全体の様子を見ている。季語「祭笛」もたのし気ではあるが、個人的には、神輿や山車など見せ場の方がわかりやすいような気もするし、祭そのものとした方が広がるようにも思える。

第489号
「澤」
池田瑠那 7句 ≫読む
冬魚 7句 ≫読む
「街」
金丸和代 7句 ≫読む
茸地 寒 7句 ≫読む
第490号
「街」
井上さち 7句 ≫読む
玉田憲子 7句 ≫読む
「澤」
岡本春水 7句 ≫読む
川又憲次郎 7句 ≫読む
第491号
「澤」
嶋田恵一 7句 ≫読む
望月とし江 7句 ≫読む
「街」
秦鈴絵 7句 ≫読む
竹内宗一郎 7句 ≫読む
第492号
「街」今井 聖 10句 ≫読む
「澤」小澤 實 10句 ≫読む

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