【週俳9月の俳句を読む】
秋に競う
今井肖子
「街」vs「澤」競詠、共通の題が出ているが題詠ではなくタイトル、ということで自由度が増している。
まずは「羊」。
羊刈る羊の頸を股挟み 池田瑠那
仔羊反芻あきくさあまく融けゆくか
羊肉煮えてにほふや秋夕焼
唯一、七句すべてが羊を詠んでいる作品。一句目の「頸」、羊の毛を刈るところをネットの画像などで見たのなら「頭」と言いそう。二句目の「融けゆくか」にも作者の視線がある。三句目の「秋夕焼」も「秋夕べ」などと落ち着くことなく濃い色彩に濃い匂い。すごいなと思ってあれこれ読むと本場でご覧になったとのこと、納得である。
秋風や羊楕円のひとみ持ち 冬魚
羊からの発想と思うとあとから秋風を吹かせたように感じるが、一句として独立させて読むと、あの不思議な楕円の瞳に秋風が映る。
天の川大人の塗り絵の羊たち 金丸和代
字余りが気にならないリズムに乗って、目の前の細かい塗り絵の羊に澄んだ夜空から何かがきらきらと降ってくるようだ。
花野ゆくひつじをとこの被りもの 茸地 寒
小説の挿絵を見た時の衝撃を思い出した。羊男が花野を行けば、さらにもの悲しくなるのかそれとも野の花になぐさめられるのか。
鼻歌や長芋摺り過ぎてしまふ 冬魚
秋暑しトロロ昆布など買つてしまふ 茸地 寒
秋は、つい、という季節なのだろう。
第二回は「秋服」。
モノクロの夢譚秋服の女学生 井上さち
制服のセーラー服を思い浮かべると白い長袖は春と秋で同じとも思えるが、むき出しだった腕を久しぶりに包む秋の長袖は、モノクロの夢の中で遠ざかる光をまとっている。
秋服の袖口打身痕ちらと 玉田憲子
秋服という耳慣れない言葉が、ちらと見えた打身痕によって仄かな色気を帯びる。
宝石箱内張り赤し秋灯下 岡本春水
暑さもおさまってドレスアップする気になって開けるアクセサリーボックス。秋灯からも赤が感じられるのになぜかドレスは黒な気がする。
さやけしや結ぶネクタイしゆつと鳴る 川又憲次郎
クールビズが終わってまたネクタイを結ぶ毎日、それを爽やかと感じるようになって初めて秋服と言えるのだ。
第三回は「秋の海」。簡単そうで難しい。
基地いづる航空母艦あきつばめ 嶋田恵一
出てゆく空母と帰燕。どこまでも深い秋の潮はまさに一大紺円盤、大きい景である。
スナックに秋鯖提げて来るをとこ 望月とし江
一本提げて来るには鯖がちょうどいい大きさかもしれない。海辺の漁師町の秋。
一枚の白服を出てそれつきり 秦鈴絵
今まで見た「それつきり」の句の中でもかなり「それつきり」感が強いのは、服を出る、に確固たる意志を感じるからか。目の前の一枚の白服と季節が変わっても戻らない女、秋の海に消えてしまっていないことを願う。
敬老日波をイメージしたダンス 竹内宗一郎
個人的には余っても、敬老の日、が好みだが、ゆるゆるとただ手足腰をゆらめかせるたくさんのもう若者とは呼べない人々の映像が浮かんで少し怖くシニカル、この季題の持つ一側面を表している。
最後は「住宅地」で両主宰の十句。
秋日さす犬の歯型のある椅子に 今井 聖
秋の日は思いのほか眩しくあれこれ思い出されるのだろう。
かなかなや銃身冷ましゐる時間 今井 聖
冷まさねばならないほどの銃身と冷めるのを待つ男に蜩の声が降る。蜩がこれほどくっきりと聞こえてくる句はそうないだろうが、住宅地からの発想だとしたら恐ろしい。
雑貨屋開店小菊の鉢を出し並べ 小澤 實
古くから地元でやっている日用品の店。近所にスーパーや百均ができてもなんとなく生き残っている。そんな店先を彩るのにまことにふさわしい小菊の鉢である。
住宅地かつては森ぞ虫のこゑ 小澤 實
現在の住宅地の景の句が並ぶ中、そもそも住宅地と言ったって、と思う作者。虫の音は昔から変わらない。
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